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2025年10月5日日曜日

Y君は順序指導の被害者か?

 「支援教室でかけ算をできるようになっていたYちゃんが、小学校でかけ算順序固定強制指導を受けたせいでかけ算の問題を解けなくなってしまった。」(黒元氏 Twitter 2025/10/04 10:49AM)


黒元(genkuroki)氏が誤用する論文は

宮田佳緒里・蛯名正司・工藤与志文「かけ算の意味理解を促すための問題状況の図示の試み――学習支援教室に参加する児童への教授活動を事例として――」『教育ネットワークセンター年報』(東北大学大学院教育学研究科)11(2011年)pp.53-60

この論文は、2011年に発表され、黒元氏が翌年に取り上げて以来、順序指導がかけ算の理解を阻害することを示す論文として、自由派のあいだで、引き合いに出されてきた。だが、この論文に出てくるY君の学習支援は、本当に、順序指導の弊害を示しているのか。

「掛算の文章題を解けるようになっていた小2のYさんが自信を無くしていたのは、学校で「かけられる数とかける数」の順序を指導されたことが原因【らしい】。まさに掛算の順序強制の被害者。」(黒元氏 Twitter 2014/10/16 11:18AM)

「11月中旬には掛算に関する文章題も絵の問題もY君は解けていた。しかし12月になると意気消沈してしまう。その原因はどうも学校での掛順こだわり教育【らしい】。」(黒元氏 Twitter 2014/12/18 11:59PM)

2014年の段階では、正直に「原因は……【らしい】」「どうも……原因【らしい】」と言われていたが、「らしい」がのちに消滅して、断言に豹変していく(不都合な)事実に注意しよう。

「例のYちゃんは、支援教室ではかけ算の問題を解けるようになっていたのに、小学校でのかけ算順序固定強制指導のせいでかけ算の問題を解けなくなってしまった。」(Twitter 2023/12/18 01:13PM)

「支援教室のお陰でかけ算の問題を解けるようになっていたYちゃんが、小学校でのかけ算順序固定強制指導のせいで自信を無くして問題を解けなくなった件」(Twitter 2024/11/25 08:32PM)

論文は、仙台市内の小学校児童Y君が、市内の私立大で受けた学習支援に関する報告である。「支援」という言葉は使われているが、別に、Y君に学習障害や発達障害があるというわけではないようだ。

Y君が教室に通ったのは、2010年10月~2011年1月までの5回。

1回目(10月初旬)計算問題 正答
2回目(10月初旬)文章題 解けず
3回目(11月中旬)文章題・絵問題 できた
4回目(12月初旬)Y君「わからない」
5回目(1月初旬)発問I~IV 絵問題・文章題ほぼできた

Y君は、文章題を絵で表すことに抵抗があるY君の特性に合わせて作られたこの5回の支援プランによって、最終的には、〈かけ算の順序〉も含めて、かけ算の問題を解けるようになった。

著者によれば、5回目の発問IからIVにかけて、Y君は、式の順序とかけ算の意味との対応付けを確固とすることができた。学習支援は成功したのである。ただ、Yのその後は、続編となる論文で扱われている。続編では、今度は小3で学ぶわり算がテーマである。

宮田佳緒里・蛯名正司「わり算の式の意味理解を促す図示の試み――学習支援教室に参加する小学生への教授活動を事例として――」『教育ネットワークセンター年報』12(2012年)pp.37-45

小学校の担任は、Y君の保護者によると、順序指導を徹底させる教師である。かけ算の単元は、年度の後半の初め(10月)から始まる。これに対して、学習支援教室では、順序を意識した支援は、5回目(1月)まではなかったと推測される。

Y君は、第1回目の計算問題は全問正解であったが、2回目の文章題がまったく解けなかった。計算はできるが、文章題ができない、というのは、よく見られる傾向である。式を与えられれば、計算できるが、文章題が描く状況から、その状況を解決する式を立てられない。

Y君が、学校でかけ算の学習が始まる10月初旬においてすでに、かけ算の計算問題を全問正解できたのは、九九を家ですでに学んでいたから、と考えられる。3回目(11月)では、Y君は文章題と絵問題を解けた。喜んで解いたと言う。

ところが、4回目(12月)になると、Y君が「わからない」と言って、問題を解けなくなった。保護者によると、「Yはかけられる数とかける数がわかっていないらしい」から、ということであった。

そこで、スタッフが、4回目までにY君が取り組んだ問題について、Y君が書いた式を支援スタッフが見直すと、問題文の登場順で式を立てていたことがわかる。これは、そのときまで、支援は、どちらかかけられる数かを意識せずに、行われていたことを意味する。

3回目は、Y君は問題を解けたが、ここではまだ、スタッフは、順序が逆でも「できた」、と判断していたと思われる。かけ算の意味の理解としては、Y君はまだ、不十分なレベルにいたのである。

ところが、4回目では、3回目では解けていたのに、Y君は急に「わからない」と言い始める。なぜそうなったのか。

保護者の「見立て」では、「「かけられる数とかける数」について、よく分かっていないらしい」から、というもの。支援スタッフも、4回目のこの後退は、式の順序とかけ算の意味の対応付けの段階で、一度つまずいたのだ、と考えた。

つまり、Y君は、かけ算の意味の理解に必要なものとして学校で求められていた、かけられる数とかける数(1つ分の数といくつ分)の理解が、まだ不十分であったである。

ところが、黒元氏は、10月からかけ算の学習が始まり、Y君が順序指導徹底派の教師から、順序指導を受けたせいだ、と考えたのである。Y君の理解の後退は、学校での順序指導が原因だと黒元氏は言う。ものはとりようである。

では、2回目の後退(Y君は文章題が解けなかった)はどうなるのか。同じ順序指導のせいではないのか。2回目では解けなかった文章題が、3回目で解けるようになったのは、順序指導のせいではないのか。

順序を意識した支援が行われた5回目には、Y君はふたたび問題が、順序を含めて、解けるようになった(これは順序指導のせいではないのか)。2回目と4回目にできなかったのは、一時的なものであった。

それは、新しいものを学び始めたときに、途上で起こりがちな理解の一時後退なのであろう。学習と理解は、いつでも、漸進的・直線的に進むわけではない。行きつ【戻】つりがあり、2回目と4回目はちょうど【戻】った時期だったのであろう。

5回目では、教師からの徹底した順序指導に加えて、順序を意識した学習支援もあり、Y君は、式の順序を含めて、かけ算の文章題や絵問題が解けるようになった。論文は、順序指導が最終的には成功したことを示しているのである。

この論文が扱う事例は、順序指導を受けると、児童が混乱して、かけ算が理解できなくなった例ではない。そこでは、Y君が、順序指導のもとで、小学校と支援教室で、小2で学ぶかけ算を理解するにいたるまでの経過が記述されている。

Y君は、たしかに、かけ算にとって基本的な、かけられる数とかける数の理解で、短期間つまづきはしたが、最終的には、かけ算の文章題を解けるようになったのである。Y君は、順序指導の被害者ではなく、受益者だったのである。

「かけ算順序固定強制指導を受けたせいでかけ算の問題を解けなくなってしまった」という黒元氏の表現は、つまづいて、その後もずっと解けていないかのような印象を与え、5回目にはY君が問題を解けるようになった事実から注意をそらそうとする、不適切で不当な表現である。

もとの論文を読まずに、【らしい】が脱落した黒元氏のポストだけを読んで悪影響を受けたチルドレンたちが、順序指導がかけ算の理解を阻む証拠として、黒元氏の赤字入りのこの論文文面をさかんに引用することで、デマと論文の誤用がますます拡散することになった。

自由派のデマに騙されないように注意しよう。


(2025/10/04のtwitterに基づく)

2021年2月14日日曜日

かけ算の2つの交換法則とわり算

Ⅰ.わり算との対比において

わり算の式は

割られる数÷割る数=答え(商)

のように、通常、割られる数(被除数)を除算記号÷の前に、割る数(除数)を後に置く。

しかし、演算記号との関係で被除数と除数をどの位置に書くか、という問題は、規約・取り決めの問題であって、そこに数学的な必然性があるわけではない。ポーランド記号法のように、演算記号を数字の前に置くスタイルもある。

19世紀のドイツの計算学者ディースターベーク(F.Q.W. Diesterweg)は、ドイツを含めた今日の標準の割り算の順序とは逆の、〈除数:被除数=商〉というスタイルを提案している。今日のドイツであったら6:2と書くところを、左右逆に、2:6と書いているのである(画像参照 注1)。


2:6は2in6と読ませている。inという前置詞を用いていることに注目すると、この割り算は、6のなかに2がいくつあるか(包含除)、を意味する。それは、6÷2を意味している。ちなみに、除算記号は、ドイツでは、今日でも、コロン:を用いる。

ところで、わり算は、かけ算と違い、不可換で、被除数と除数を交換したら、商が違ってきてしまう。6÷2と2÷6では、商が違う。

6(被除数)÷2(除数)=3
 ↓
2(被除数)÷6(除数)=1/3

ここで、注意しなければならないのは、被除数と乗数の位置は変わっていない、ということである。もし、数字だけでなく、被除数と乗数の位置を交換して、つまり、単位もろとも交換して、ディースターベックのスタイルに従ったとすると、

6(被除数)÷2(除数)=3
 ↓
2(除数)÷6(被除数)=3

と、今度は、商に変化は起こらない。スタイル・書式が変更されただけで、計算は同じである。これでは、割り算の非可換性を示したことにならない。

だから、「割り算では被除数と除数を交換すると計算結果に影響が受ける」と言うとき、被除数と除数の位置を交換する、ということではなく、被除数前・除数後の順序は変えずに、数字だけを交換することを意味する。

割り算は、このように非可換だが、これに対して、かけ算は可換なので、小2ですでに学ぶように、被乗数(かけられる数)と乗数(掛ける数)を交換しても答えは同じである。

交換法則

だが、この場合も割り算と似て、交換は、被乗数と乗数の位置を交換する、ということではなく、〈被乗数×乗数〉の位置を保持しながら、数字だけを交換することを意味する。ただし、割り算と違う点は、掛け算は可換なので、どちらの交換法則でも、答え(積)は同じということである。

つまり、交換法則とは、

3(被乗数)×4(乗数)=12
4(被乗数)×3(乗数)=12
(解釈的交換法則)

ということであり、

3(被乗数)×4(乗数)=12
4(乗数)×3(被乗数)=12
(位置的交換法則)

のことではない。

私は前者を解釈的交換法則、後者を位置的交換法則と呼んでいる。後者の位置的交換法則では、3個からなるまとまりを4つ(3+3+3+3)、という意味は変わらず、ただ、被乗数を乗号の前に置く日本の算数教育で採用されているスタイルを、アメリカやブラジルなどで見られる、後におくスタイルに変えただけである。

「被乗数(かけられる数)と乗数(掛ける数)を交換して計算しても」という、算数教科書の交換法則の表現は、誤解されやすく、交換法則を位置的に理解している者も多い。〈かけ算の順序〉について著書がある高橋誠氏も、かつてはそうであったという。しかし、よく読んでみると、通常、交換法則として提示されているのは、前者である。

高橋誠氏は、世の中では〈数量×単価〉の順も使われているのだから、交換法則として、解釈的交換法則に加えて、位置的交換法則も教科書に一緒に言及されるべきだと主張している。だが、この交換法則は、スタイル、書式の変更にすぎず、交換法則として取り上げるだけの価値はないように思われる。

もし、取り上げるとしても、文化コラムのように、補足的にということにとどまるであろう。同じ筆算でも国によって数字を書く位置が違うことを紹介したコラムがあるが、あれに類するものとして。


Ⅱ.教科書等における交換法則

その高橋氏は、ツイッターで、教科書等で説明されている交換法則を位置的に理解する台風氏に対して、それはあくまで解釈的である、と反論している。台風氏によると、交換法則が解釈的であれば、つねに同時に位置的でもある、という。

「教科書の交換法則は、【甲】(かけられる数3×かける数4)=(かけられる数4×かける数3)なのです。【乙】(かけられる数3×かける数4)=(かける数4×かけられる数3)ではないのです。」(Twitter 高橋誠氏 2021/01/10 10:49PM)

「4行3列のアレイで【甲】が成り立つと
・長辺4は(かけられる数)かつ(かける数)
・短辺3は(かける数)かつ(かけられる数)
なので

(かけられる数4×かける数3)=(かける数4×かけられる数3)

より【乙】が成り立ちます。」(Twitter 台風氏 2021/01/11 09:46AM)

「それは教科書の読み間違いで、交換法則に対する誤解です。教科書は必ず「被乗数×乗数」の順です。と言いいつつ私自身40年以上、小学校で教わった交換法則を誤解していた口です。それで実生活には何の支障もない。なのに、算数教育は、明治時代に西洋から数学を教わったことに律義に従っている。」(Twitter 高橋誠氏 2021/01/11 03:58PM)

「『かけられる数とかける数を入れかえても、答えは同じ』
の記述から

(かけられる数3×かける数4)=(かける数4×かけられる数3)

と解釈するのは読み間違いだというのが理解できません。
普通に掛け算の交換法則の説明になっていますよ?」(Twitter 台風氏 2021/01/11 09:31PM)

「上の式は、
(かけられる数3×かける数4)
下の式は、
(かけられる数4×かける数3)

3と4を入れかえるが、かけられる数とかける数の順はそのまま。

上の式は、3+3+3+3
下の式は、4+4+4

交換法則は、3+3+3+3を3×4と書いても4×3と書いても良いということではない、のです。」(Twitter 高橋誠氏 2021/01/11 09:48PM)

この点は、高橋氏が正しいことは、上に書いた、割り算の非可換性との対比からも、わかる。教科書に立ち返ることによって、以下、このことを確認してみよう。算術や算数教科書に載っているかけ算の交換法則は、被乗数と乗数の位置を交換する位置的な交換法則ではなく、被乗数か乗数かの意味と単位を置き去りにして、数だけ入れ替える解釈的交換法則である。

小2の算数教科書は、交換法則を、九九表が完成したあとに正式に説明しているが、それに先立ち、九九の学習の途中から、その伏線を張っている。東京書籍算数教科書では四の段のところに、「4×3と答えが同じになる3の段の九九を見つけましょう」という設問がある。1つ前の三の段をふり返ると、答えが同じ12の九九が見つかる。それが3×4である。



3×4は、4×3の数字を逆にして作ったものというより、三の段に戻って発見するものである。学校で学ぶ九九では、いつも、nの段はnが1つ分(被乗数)である。三の段は3連プリンが1パックで3×1,2パックで3×2、3つで3×3、4つで3×4=12……、四の段は4個差しの串団子が1本で4×1=4本、2本で4×2=8本、3本で4×3=12本、というように。

3×4では3が1つ分、4×3では4が1つ分なのである。この2つの九九の句が比較されているのである。両者は、〈被乗数×乗数〉という順序を維持しながら、3と4の数値だけを交換しているのである。これは、解釈的な交換法則にほかならない。

4(被乗数)×3(乗数)【四の段】
=3(被乗数)×4(乗数)【三の段】

二の段から始まる九九のすべての段が終わると、今度は、完成した九九表にいくつかの規則性を探す。その規則性の1つが交換法則である。答え(積)が同じ句に注目して九九表を見ると、左上から右下に下る対角線を対称軸とした、対称性が見られることがわかる。これは、たとえば、九九表の7×8と8×7の答えが同じであることを意味する。乗号の前後の数が入れ替わった関係の句は、すべて、答えが同じなのである。

そして、九九では、すべて乗号の前の数が被乗数である。九九はどの句も、〈1つ分×いくつ分〉〈被乗数×乗数〉の順なので、そのあいだに見いだせる、答えの等しさを等号で表せば、次のようになる(x,yは9までの自然数)。

x(被乗数)×y(乗数)【xの段】
=y(被乗数)×x(乗数)【yの段】

この規則性は解釈的交換法則にほからない。

交換法則は、アレイ図で説明されていることもあるが、この説明でも、交換法則は解釈的である。東京書籍教科書の問4の脇に描かれているアレイ図では、◯4個から成る縦の列を、線で囲っているのは、1つ分が4個ということ。それが3列分あるので、式は〈1つ分×いくつ分〉、〈被乗数×乗数〉の図式に従えば、四の段の4×3である。


次に、3個から成る横列を線で囲む。そうすると、構成員数が3のグループが4つできる。1つ分は3個なので、3×4は三の段の九九である3(1つ分)×4を表している。ここでも、1つ分(被乗数)は乗号の前である。

今度の画像は、教育出版の教科書の、交換法則を説明した箇所である。縦2個横6個のアレイ図で、交換法則が説明されている。式2×6のアレイ図では、縦1列の2個の◯が線で囲まれている。これが1つ分である。6×2の式では、同じアレイ図が、横1列を構成する6個の◯が線で囲まれている。6が1つ分なのである。アレイ図でも、乗号の前後の数が入れ替わった関係にある、答えが等しい2つの式において、乗号の前が1つ分なのである。つまり、この交換法則は解釈的である。

アレイ図は、どのようにグループ(まとまり)を見るか、ということついて、このように2つの解釈が可能である。算数は、この2つの解釈の共存にとどまり、同じ2(または6)が、1つ分にもいくつ分にもなる、という理由で、1つ分/いくつ分、被乗数/乗数の区別そのものを無意味として解消してしまうところまでは、つまり、〈因数×因数〉のかけ算にまでは、進まない。


注1
Adolph Diesterweg & Johann P. Heuser, Praktisches Rechenbuch für Elementar- und höhere Bürger-Schulen. 1. Übungsbuch, Elberfeld, Büchler, 12. Auflage, 1839; S. 26


(Twitter flute23432 2021/01/12 10:52AM, 11:24PMに基づく。)

2020年6月19日金曜日

戦後教科書におけるかけ算の定義

1.1950年代


1950年代、日本では、かけ算は、同数累加(repeated addition)の簡略算として定義されていた。この定義は国際的でかつ伝統的なもので、ユークリッドの原論にも見られるものである(注1)。

つまり、5+5+5+5+5+5+5と同じ数を5つ足すことを、繰り返される対象となった数(被乗数)と繰り返しの回数(乗数)の2つの数を用いて、簡潔に5×7と表記したのが、かけ算である。

つまり、この定義だと、かけ算はたし算(当時は寄せ算と言った)の特殊な場合にすぎない。この定義では、乗数が小数になったときに困難が生ずる。5を7回足す(寄せる)ことはできるが、7.5回足すことはできない。

また、この定義だと、乗法は加法のと特殊な場合のための特殊な表記法ということにすぎない、ということになってしまい、乗法に四則演算の1つとしての独立性を与えることができないうらみがある。

この定義はたし算を基礎としているので、たし算既習の小学生には、理解可能なはずであるが、定義自体は、式の表記上システムの話なので、小学生には、納得して理解してもらうことは難しかったかもしれない。というのも、小学生は、抽象的思考が未発達で、具体的な事物や動作からこそ物事を理解できるからである。

だが、この定義では、5+5+5+5+5+5+5という式の各項(5)の下に、5つのリンゴが載った皿を7つ描くことで、複数の同数グループの具体物に対応させ例示することが容易である。対応させることで、一つ分×いくつ分による現在の定義との違いはあまりなくなる。


小学生にとって形式的で理解しにくいという、この定義の問題点は、十分に例示すれば、解消可能である。


2.1960年代~1970年代



生活単元時代(1950年代)は同数累加で定義されていたかけ算は,次の系統学習時代(1960年代)に,倍で定義されるようになった。

この定義は、戦前の緑表紙教科書におけるかけ算の定義を踏襲するものである。系統学習の教科書は,実際、緑表紙教科書を手本としていたのだから、当然である。かけ算に入る前に,テープや図形を使って,倍を定義しておく手法も,緑表紙由来である。



続く現代化時代も,かけ算の定義については変化はなく,倍による定義であった。SMSGの教科書のように,アレイ図と直積で定義するような極端に走ることはなかった。

倍がどういうことかは,学校図書では,緑表紙と同様に,かけ算の章の少し前のところで,説明されている。テープを半分に切って,切る前の基の長さは,半分のテープの2つ分であり,これは2倍とも言うとある。つまり,倍は「いくつ分」から説明されている。



東京書籍は,かけ算の最初の章で,「2この3つぶんを,2この3ばいといいます」(2下 1970 p.63)と書かれていて,やはり,倍がいくつ分から説明されている。

しかし,いくつ分と倍は完全に同じではないであろう。上記オレンジ色の画像に「うまは、かめの何倍ですか」とはあるが、ウマの数とカメの数という2つの量の大きさの関係を、カメの数を基準として、問うている。ここでは、倍は比である。かめの数2の3倍が,うまの数6なのである。

かけ算はもはや,たし算の特殊な場合の簡略表記ではない。あくまで、2つの量の大きさの関係なのである。しかも,それは単なる静態的な関係(比)ではなく、「倍加する」という運動,働きでもある。かめは2匹であり、うまの数6匹は、それを3倍に「引き伸ばした」大きさなのである。

注意すべきは,ここでは、カメはウマの一部(単位)ではない、ということである。これは,〈1つ分×いくつ分〉による定義と違う点である。1つ分は基本的に全部の量の物理的な一部である。また,いくつ分が量であるのに対して,倍が量ではなく関係・働きである点でも,違っている。

被乗数×乗数にしても,一つ分×いくつ分にしても,乗号の前後は非対称的であるが,基準量×倍は,この非対称性が際立っている。倍を表す数は,事物が直接表す量ではなく,量と量との関係であり,その点でより抽象的である。

この時代には、かけ算の式の〈言葉の式〉(公式)は,東京書籍では,とくに,これに対応する公式はないようだが,学校図書では,

もとの数×かける数=答え

となっている。さらに,倍という概念をここに含ませれば,

もとの数(量)×何倍=全部の数(量)

となるであろう。


「かけられる数」(被乗数)と「かける数」(乗数)は,同数累加でかけ算が定義されていた時代の概念である。東京書籍では,それらは定義されていないが,言葉としては九九表に使われている。学校図書では,九九表の「かけられる数」のところが「もとの数」になっている。

かけ算が倍で定義される時代になって,同数累加が否定されたかというと,そうではなく,「4×3のこたえはつぎのけいさんでだすことができます。4+4+4=12」(東京書籍 p.65)と,書かれている。

つまり,同数累加は,もはや掛け算の定義ではないが,かけ算をたし算でも表せるという付随的な指摘のなかで生きている。これは,現在の教科書もそうなっている。また,学校図書では「3+3+3+3は3の□倍です。」といった問題があり,倍は被乗数・乗数の乗数に対応するものであることがわかる。

このように,かけ算は倍をメインに定義されているが,同数累加や〈1つ分×いくつ分〉が消滅したわけではなく,周縁に退いただけである。倍の時代に,倍がいくつ分から説明されていることを考えれば,根底的には,かけ算は本源的には「いくつ分」なのであろう。


3.1980年代~2020年代



現代化の時代が終わると、かけ算の定義は、〈基準量×倍〉から、〈1つ分×いくつ分〉へと変わった。

倍による定義は、小学校の低学年生には少々、高度であった。というのも、倍は量と量の関係を表す数(比)だから。

現代化時代に、日本の算数教育は、現代数学の概念を取り入れていたずらに形式化・高度化に走り、大量の数学嫌いを作ってしまった。このことに対する反省から、日本の算数教育は、基礎と具体性へと帰ることになった。

その際、教科書が取り入れたのが、数教協の〈一あたり量×いくつ分〉というかけ算定義であった。同数累加の簡略算という定義では、乗数が小数や分数のかけ算ががうまく説明できなかった。そのため、数教協は乗数を量化したのである。

数教協の概念は、一般には、かけわり図や組立単位など、小学生には難しいものばかりであるが、教科書に取り入れられた次のかけ算図式は、低学年でも十分に理解しやすいものてあった。

①〈1つ分の数×いくつ分=全部の数〉
②〈1つ分の大きさ×いくつ分=全部の大きさ〉

①は②の分離量バージョンである。これは、英語圏では、同数グループによる定義と、親和性が高い。英語圏では、かけ算は、3×4というかけ算の式は、しばしば、3 groups of 4という自然言語表現に基づいて学ばれる。

〈1つ分×いくつ分〉によって、乗数は、7を4回足すというときの回数ではなく、具体的な量となった。だから、ピザ1枚900gで、2枚半(2.5)では何gのようなことが考えられるようになった。乗数はここでは、倍のような関係でもなく、分量を表している。

倍による定義では、比較される2つの量は、種類は同じくするかも知れないが、別の物体であった。〈1つ分×いくつ分〉では、一つ分はいくつ分の一部をなしている。ピザ1枚は2枚半の一部を構成している。乗数は具体的な量なので、絵に描くことができる具体性をもつ。

このように、1980年代に、日本の算数教育では、かけ算は〈1つ分×いくつ分=全部の数〉で定義されるようになった。だが、他の時代もそうであったが、メインの定義が替わっただけで、他の定義が消滅したわではなく、ただ周縁化しただけである。

事実、定義の少しあとでは「3×3は3+3+3で求められます」と言われている。同数累加による定義は、定義の一部ではなくなったが、このように、かけ算の言い換え表現として生き残っている。



また、「2の8つ分は2の8倍とも言う」と言われており、倍による定義も生きている。倍の時代に、倍はいくつ分で導入され、いくつ分の時代に、いくつ分は倍で言い換えられる。

だが、このようにほぼ同時に導入される〈基準量×倍〉は、高学年になると、〈基準量×割合〉へと発展して行くものであるが、〈1つ分×いくつ分〉から〈基準量×倍〉へ、〈基準量×割合〉への移行には、小学校の先生方も苦労しているようである。



注1
第7巻「定義16 数に数を掛けるといわれるのは、後者の中にある単位の数と同じ回数だけ前者、すなわち【掛けられる数】が加え合わされてなんらかの数が生ずるときである。」(『ギリシアの科学』 p.331)

(Twitterに2020/02/21, 03/01, 05/30に投稿された、flute23432のツイートに基づく。)



2020年3月29日日曜日

かけ算で求める問題だとわかれば


下は、志村五郎(1930-2019)氏の『数学をいかに教えるか』(2014年)のなかの「3.掛け算の順序」からの引用である(p.45)。その章で、志村氏は〈かけ算の順序〉教育を批判しているのだが、そこには、いくつも、問題点がある。



引用箇所には、「その問題を示されたならば、これは掛け算の問題であるとすぐに認識する」と書かれている。その問題というのは、「3トンの砂を積んだトラックが5台ある.砂は全部で何トンか」である。

最初の問題点は、「すぐに認識する」という箇所。どのようにして、それがかけ算で解ける問題だとわかったのであろうか。たしかに、高学年小学生以上ならば、そのことは瞬間的にわかるが、しかし、それは訓練の結果であって、小学校低学年は、はじめて、それがどうして掛け算で解けるのかを習うのである。

それがかけ算で解けることを認識できるためには、文章から次の2つのことを読み取らなければならない。a)かけ算の文章題の文章中に、同量のものが複数あるという数的関係、b)、全体の砂の量(重量)を求めることが要求されていることである。

a)の複数の同量物だが、これは、3人班が5つのように、複数の同数グループでもよい。a)は2つに分けられる。

a1)その同量(同数グループ)というのが、どのくらいの量なのかということである。トラックの例で言えば、それはトラック1台あたりが積んでいる砂の重量3トン、班の例では各班の構成員数3人である。この3は、算数では「一つ分の数」ないしは「かけられる数」と呼ばれている。

a2)もう1つは、「複数の同量物」の「複数」がどのくらいか(グループの数)ということである。これは、トラックの文章題ではトラックの台数5、班の文章題では班の数5である。これは算数では「いくつ分」または「かける数」(乗数)と呼ばれている。

「掛け算の問題であるとすぐに認識する」と志村氏は言うことで、かけ算の仕組み・構造を、さっと通りすぎてしまっている。大人はそれでよいのだが、しかし、かけ算というのがどんな演算なのかを学んでいる小2には、通りすぎるこはできないし、通りすぎるべきではない。

ところが、志村氏は、「「乗数」「被乗数」という愚劣なこと」と言って、乗数/被除数(かけられる数/かける数)という概念を最初から否定してしまっている。だが、それでは小学生はかけ算を学べなくなってしまう。

なお、志村氏らは「1950年代に一部の教育家が「乗数」「被乗数」という愚劣なことを言い出したのが(〈かけ算の順序〉教育の)始まりらしい」と推測を述べているが、この推測は誤っている。



順序教育は日本では戦前からあるし、「被乗数」と「乗数」は、"multiplicand", "multiplier"(英語の場合)からの翻訳語で、西欧の算術書では、この概念は、何世紀も前から使われている伝統的な概念で、たとえば、ニュートンも使っている。



志村氏自身はかけ算をどう考えるかというと、冒頭の引用のなかに、そのヒントがある。「そして,ふたつの数がある.だからそのふたつの数を掛け合わせればよいので,頭の中にあるのは「ふたつの数の積」という概念だけであって,その順序は問題にならない.」

これは、〈被乗数×乗数〉のかけ算ではなく、中学以降の数学で学ぶ、因数×因数のかけ算である。〈1つ分×いくつ分〉や〈被乗数×乗数〉のかけ算と違い、ここでは、乗号の前後が同じ因数で、対称的なために、順序をそもそも設定できない。

3に4をかけるのでも、4に3をかけるのでもなく、3と4という2つの因数を掛け合わせて、12という積を構成する。算数では、3に4をかけて、その演算の遂行(計算)の結果としてはじめて12が出てくるが、〈因数×因数〉のかけ算では、3×4がそれ自身、12を表している。

因数分解というと、人は多項式の因数分解をまず連想するが、数の因数分解というのもあって、たとえば、12=3×4は12を3と4という2つの因数に分解している。そのどちらが被乗数で、どちらが乗数、ということはない。素因数分解は数の因数分解の特殊な場合である。

志村氏は、次の頁で、長方形の求積の例を出しているが、隣り合う2つの辺の長さから、長方形の面積という新しい次元の数を作り出すときに使われる掛け算は、本来は、〈因数×因数〉の掛け算である(注1)。

数学者や数学教師、高度な数学を使うエンジニアなどは、〈因数×因数〉でかけ算を考えるであろうが、このかけ算は、小学生低学年には、抽象的すぎる。もしこれでかけ算を導入するなら、かなりの小学生がかけ算の最初の理解に失敗してしまうでろう。

これに対して、〈被乗数×乗数〉や〈1つ分×いくつ分〉の非対称なかけ算は、3トントラック5台とか、6個入り卵4パックとか、いった日常的で具体的なもので例示でき、低学年でも理解できる。同数グループは低学年にも、アレイや直積に比べてとっつきやすい。



〈1つ分×いくつ分〉のような非対称なかけ算であっても、〈1つ分×いくつ分〉とも〈いくつ分×1つ分〉とも書けるという点では、順序はない。しかし、その非対称性ゆえに、順序と結びつきやすい。

一つ分といくつ分の概念を習っているときに、この2つの順序を混在させて提示するのは、子どもたちに混乱をもたらすだけなので、通常は、どちらかの順序で統一するであろう。日本の算数教育では、日本が明治期に近代教育制度を確立する際に参考にした19世紀の欧米の算術書に従って、〈被乗数×乗数〉の順序を採用した。〈基準量×倍〉〈1つ分×いくつ分〉はその後継である。

志村氏の批判の問題点は、志村氏に限られないが、対称的なかけ算を絶対視し、非対称なかけ算の教育的意義を無視していることにある。


補足

定数氏「掛け算を求めればいいと言うことが分かれば、問題文に出ている数をただ書けるのは極めて合理的…1つ分だのいくつ分だの、順序だの考えることこそ無駄で無意味」(2017/08/15 01:04 PM)

ここにも、同じ、見落としの構造が見られる。

「掛け算を求めればいいと言うことが分かれば」と、定数氏はさらりと書いているのだが、その文章題がかけ算で解ける問題であることは、どこから分かったのであろうか。文章題なのだから、文章を読まなくては、それが何算の問題かはわからないはず。

たしかに、かけ算の単元にある文章題なら、かけ算で解くのだとわかるが、〈かけ算の単元ならかけ算を、わり算の単元ならわり算を使う〉といったような、単純で浅薄な方略では、かけ算の文章題もわり算の文章題も混じっているような、少しでも応用的なプリントにさえ対応できない。算数では、文章題がどの演算で解く文章題なのかを、文章から読み取れるようにならなければならないが、小学生には大きな課題である。だから、教科書には、これを訓練するための「何算かな?」という単元もある。使う演算を特定できる能力がつかないと、高学年で学ぶ割合の文章題に対処できない。というのも、割合の問題は掛けることも割ることもあるから。

大人はその問題が掛け算の問題だと瞬間的にわかるが、低学年児童は文章解析力がまだ十分ではないので、すぐにはわからない。「ずつ」などの表現を手がかりとして、最終的には、そこに同数グループという、かけ算が適用できる数的関係を、直感的に見てとることができるようになるのである。

同数グループの各グループの構成員数が一つ分(被乗数)、グループの数がいくつ分(乗数)なのであるから、その文章題がかけ算で求まる問題だという認識には、一つ分といくつ分が使われているのである。非対称のかけ算を学ぶ小2のために作られた文章題を、小2が解くときは、文章中に一つ分の数といくつ分の数を認識することが求められている。「1つ分だのいくつ分だの、順序だの考えることこそ無駄で無意味」とする定数氏の言葉は、だから、教育的に、誤っている。




注1
算数で習うかけ算は、非対称なかけ算に限定されているのに、小学生が小4のときに学ぶ、長方形の面積の求める公式〈たて×よこ〉に使われるかけ算は、対称的である。これは一見、不整合であるが、この「不整合」は、ある工夫によって解消されている。つまり、長方形の面積は、1辺が1cmの単位正方形(1つ分=1cm^2)を考えて、それがいくつあるか(いくつ分)ということで、長方形の面積を求めているのである。だから、ここに使われているかけ算は、因数×因数ではなく、単位あたり量×いくつ分という非対称なかけ算なのである。

そして、その「いくつあるのか」(単位正方形の総個数)ということもまた、一つ分×いくつ分で求める。つまり、長方形の縦の個数だけ単位正方形を縦に積んでできた棒を、横の個数分だけそろえる。総個数は、同じ高さの単位正方形の棒が何本並んでいるか、で求めるのである。つまり、縦の個数×横の個数で総個数が求まるのであるが、これは、因数×因数ではなく、ふたたび、一つ分×いくつ分である。

(2020/03/26のflute23432ツイートに基づく。)

2019年9月15日日曜日

ガラパゴスとはとても言えない超算数

ツイッターなどで、「超算数」と呼ばれ、轟々たる非難を浴びている、日本の算数教育のさまざまな指導法や概念は、ガラパゴスだ(注1)、つまり、国際的に見て孤立している、と思われがちだ。だが、実際は、思われているほど、ガラパゴスなわけではない。


1) かけ算の順序

単元テストなどでかけ算の式を順序が逆だという理由でバツにする採点は、たしかに、外国では珍しいが、ないわけではない。


この画像は、「なぜ、5×3=5+5+5はバツになったのか」という記事のなかで掲示された答案である。5×3を足し算で表現する問題で、5+5+5と解答して減点されている(注2)。英語圏では、かけ算の式は乗数×被乗数の順に書かれ、そのように教えられていることが多いが、ここも、そうなのだろう。その前提のもとでは、5×3は5が乗数、3が被乗数なので、3が5つあることを表す。足し算で表すと、5×3 =3+3+3+3+3になるはずである。

だが、もし、5×3は無条件に3×5とも書いていいなら、それは同数累加で表現した場合、5+5+5でも3+3+3+3+3でもいいはずである。ところが、そのように書かれた解答が減点されて、3+3+3+3+3の訂正を受けている。あくまで、5×3の式では、5が乗数、3が被乗数なのである。。

もう1つの例は、YouTubeにある、小2向けにかけ算の導入を行うスライドである(注3)。かけ算を、5 groups of 3という関係は5×3と式に書く、と教えている。



「5人の女の子がどの子も、図書館で本を3冊借ります。この状況を表すかけ算の式を書きなさい。どちらが正しい? 5×3 3×5」

文章題が表す数的関係は、5 groups of 3ということなので、式は、日本の算数教育とは逆の〈乗数×被乗数〉の順に書く表記慣習に従って、5×3となる。3×5は 3 groups of 5のことなので、誤り。

3つ目の次の例も,同様である(注3b)。この画像は,あるブログに載っていたものであるが,ブログ著者自身は,友だちが送って来てくれたという答案のこの採点について,かけ算の可換性を理由に,「これでは,子どもたちは数学を学べない」と激しく批判している。

宿題の設問は,同数累加の各式について,「かけ算の式を書きなさい」というもの。3+3+3+3+3+3=18は,かけ算で簡潔に書くと,6×3=18である。ところが,答案を書いた小3の子は,3×6=18と解答してしまった。答案には教師の字で "This says 3 groups of 6" と書かれている。構成員数6のグループが3つの意味になってしまう,つまり,6+6+6の意味になってしまう,と指摘されているのである。



3本耳の兎が2羽という意味になってしまうので誤りとする、日本の算数の教え方と同じである。

4つ目の例は、ドイツのものである。



手のひら(片手)が4つ描かれていて、「これに対応するたし算の式とかけ算の式を書きなさい」という設問である。たし算の式は、5+5+5+5しか考えにくい。そうだとすると、ドイツでも、かけ算の式は〈乗数×被乗数〉の順に書くので、式は4×5になるはず。ところが、児童は5×4と描いて、赤でfにされた。fは"falsch"(誤り)という意味である。

かけ算の順序が違って減点される、ということは、外国の初等数学教育でも起こるのである。

ただし、これはかけ算の導入段階の初期に限られ、一般に、かけ算を使う文章題で、児童が乗数×被乗数の順序で書かないとバツや減点になる、ということはないであろう。実際、英語圏の数学学習サイトや自習用プリントサイトの、文章題の模範解答では、かけ算の順序は、文章に現れた順になっている。つまり、文章題文章中に現れる順序で、被乗数が先なら、模範解答でも、被乗数が先に書かれている。教科書では、かけ算の式を乗数×被乗数の順に統一して書いていても、日本のように、児童が解答として書く式にまでに、教科書通りの順序を求めない。


これは K5 Learning という学習サイトのプリントである(注4)。問1は、「アンドリューが4人の友人に、1人3つずつサンドイッチを作ったとき、全部でいくつ作ったのか」という問題。式は、4(乗数)×3(被乗数)である。文章に現れた順に書いたのでこうなったのか、乗数を先に書く習慣に従ってこうなったのかは、これだけでは不明である。しかし、問2は、「1カップに2個ずつオレンジを使って、6カップ分のオレンジジュースを作ったとき、オレンジはいくつ使ったのか」という問題で、ここは式は、2×6となっている。式では、被乗数2が先に来ているが、これは、文章上で2が先に現れるから。たぶん、問1でも、そうだった。


2)「かけられる数」「かける数」

「かけられる数(被乗数)」、「かける数(乗数)」という用語・概念は、日本の算数教育の専門家が「捏造」したものではなく、日本が明治期に欧米から輸入したものである。画像は1835年のフランス語算術書からの抜粋である(注5)。


「35. かけ算は、被乗数(multiplicande)と呼ばれる数を、乗数(multiplicateur)と呼ばれるもう1つの数に含まれる単位の数の回数だけとる、または、繰り返す演算である。この演算の結果は、積(produit)と呼ばれる。被乗数と乗数は積の因数(facteurs)である。」

ここでは、かけ算は同数累加の簡略算と定義されているのである。つまり、たとえば、4×7は、4+4+4+4+4+4+4という同じ数の足し算を簡潔に表現したものである。

この定義は伝統的なもので、今日でも、世界中で、使われている。日本は、数教協の影響で、メインには〈1つ分×いくつ分〉でかけ算が教えられているが、これは 英語圏では、同数グループ(equal groups)によるかけ算の説明に相当する。5本の鉛筆のセットが3つあるときの鉛筆の総数を求めるかけ算の式は、5本の鉛筆のセット3つが、"3 groups of 5 pencils"なので、3×5である。

英語では、乗数は"multiplier"、被乗数は"multiplicand"で、順序は乗数×被乗数となっている。画像はウィスコンシン大学の元教授ラングフォード教授の数学資料から(注6)。。



次の図は、"Math is Fun"という英語圏の数学サイトからのもの(注7)。交換法則により、どのような順序でも掛けても構わないので、両者とも"factor"と呼んだほうがいい、とも書かれている。





3) 足し算の合併と増加

日本では、足し算を、「合わせて」(合併)と「後から来て」(増加)という状況タイプで導入する。そして、増加タイプでは、後から追加されるものの数が、足し算記号の後に置くという設定で教えられている。いわゆる足し算の順序である。これも日本の算数教育の専売特許ではなく、外国の初等数学指導法に見られるものである。


画像はニューヨーク州のコモンコアの教科書"Eureka Math"から(注8)。画像の文章題がある課の目的は、「絵を描いたり、等式を書いたり、解決の仕方について述べたりすることで、"add to"タイプ(結果が未知)と"put together"(結果が未知)タイプの文章題を解くこと」となっている。ある文章題が、どちらのタイプなのかを考えることもする、という。

"add to"タイプというのは、いくつかのものがまずあり、それに後からいくつかが追加されて、現在いくつあるか、を問う文章題。画像では、「カエルが6匹ここにいる。そこに1匹のカエルが跳んで来た。今は、カエルは何匹?」(図上)。これに対して、"put together"というのは、あるものがいくつか、別のものがいくつかあり、合わせていくつかを問う文章題である。例、「暗い色の旗が4つある。白い旗は3つある。全部で旗はいくつ?」(図下)

"add to"タイプと"put together"は、"join"タイプと"part-part-whole"タイプと呼ばれることもある(注9)。加入(join)「レイナは人形を4つもっている。さらに2つ買った。今はいくつもっている?」 "Laina had four dolls. She bought two more. How many dolls does she have now?"(増加) 部分-部分-全体(part-part-whole)「バスケのチームには男の子5人と女の子3人がいる。チームの子どもは何人?」 "Five boys and three girls are on the basketball team. How many children are on the basketball team?"

ドイツの教育学でも、合併と増加に対応する概念がある。図は、パデルボルン大学リンケンス教授の「低学年算数教授法」のスライド(注10)の1枚。


リンケンスは足し算の基本表象として、「合わせる zusammen tun」と「付け加える hinzu tun」の2つを挙げる。「合わせる」では、足される2つの数は対等で、その順序を変えても、描写される状況は同じである、と書かれている。これに対して、「付け加える」では、2つの数は異なる意味をもつ、とされる。つまり、最初の数は手持ちの静止数、2つ目の数は行為数である。位置を交換すると、描かれる状況が違う。

したがって、リンケンス教授の考えがドイツでどれほど受け容れられているかは不明だが、足し算にも順序が考えられている、と言える。では、「付け加える」では、交換法則は成り立たないのかというと、そうではなく、表象ではなく理解のレベルでは、成り立つ。だから、基本表象と区別される基本理解の1つとして、交換法則が、スライド15枚目で語られる。

合併と増加は、基本表象(Grundvorstellung)に属す。基本表象において、児童が足し算の概念を形成する。これに対して、基本理解(Grundverständnis)は、数学の構造に関わる。はじめて、基本表象は状況拘束的だが、基本理解はより抽象的で普遍的である。

だから、足し算には順序があるというのは、基本表象のレベルの話であり、足し算・かけ算の可換性を否定しているとか、足し算が非可換だという嘘が教えられているとか言って騒いている人は、リンケンスによれば、ただレベルを混同しているだけなのである。


4) ゼロを含まない倍数

算数では、倍数は、ゼロを含めない形で定義されている。ある自然数(正の整数)の倍数とは、その自然数倍である。だから、ゼロの倍数はなく、ある自然数のゼロ倍のゼロは、その数の倍数ではない。ある整数の最初の倍数は、その整数の1倍、つまり、その数そのものなのである。3の倍数は3から、4の倍数は4から始まる。

この倍数定義は、外国の初等算数教育でも、普通である。画像は、上がアメリカの教師作成教材社の書籍、下はドイツ語の6年生用の練習問題教材で(注11)、どちらも、倍数(multiple, Vielfache)は、ゼロではなく、1倍のその数そのものから始まっている。ゼロを含まない倍数については、別のページに詳しく書いた(注12)。





小学校では、負の数を学ばないので、負の整数の倍数も、整数の〈負の整数〉倍も、考えない。また、小学校で習う整数にはゼロが含まれているが、ゼロ倍のゼロは、最小公倍数との関係で、倍数に含めない。含めると、最小公倍数はすべてゼロになってしまうから。


5) 文章題式欄

黒木氏は「解答欄の「式  答え 」形式は日本の小学校算数の独特のスタイルだと思います」(2017/08/11 6:55)と述べているが、これは誤り。外国の学習プリントなどでも、文章題の解答欄として、答え欄とは別に式欄が用意されているものある。



これは、ドイツのGrundschulkönigという算数サイトのプリントから(注13)。「ジモンは4袋パプリカを買いました。各袋には3つのパプリカが入っています。ジモンは何個パプリカを買って帰りましたか。」計算欄(Rechnung)と答え欄(Antwort)がある。模範解答では、それぞれ、

Rechnung: 4・3=12
Antwort: Simon bringt 4 Paprika nach Hause.

となっている。計算欄には式を書く。ドイツでは、答え欄の答えは数値+単位・助数詞ではなく、それを含んだ文で答えることになっている。

次は、Bout de Gommeという小学校学習サイトの例(注14)。「父は、1259フランでスクーターを、165フランでヘルメットを買いました。彼はいくら払わなければなりませんか?」で、計算欄(Calcul)と答え(Réponse)欄がある。



次の例も、フランス語圏からのもの(注15)。



「カロリーナの誕生日は7月31日で、パレオ家の全員が集まる機会でもあります。今年は、34人もの人たちが、休暇でやってきました。カロリーナはデザートとして、ケーキ屋でおいしいケーキをホールで4つ、当日朝出来上がりで、購入しました。ケーキは1つ、23ユーロです。全部でいくらになるかを計算しなさい。」

式欄と答え欄は設けられていないが、文章題の前には、「各問題について、解答(réponse)として操作(opération)と文(phrase)を書きなさい」と書いてある。それに対応して、模範解答には、式と、答えが書いている。フランス語圏でも、答えは文で書く。

式欄があるために、「これ何算?」「掛けるの割るの?」という、大人からすれば、馬鹿みたいな質問を、日本の児童や生徒たちはするようになってしまったと、黒木氏は言うのだが、本当なのか。外国の文章題にも式欄があるなら、外国の子どもたちも、同じ発問をしているのか。たしかに、外国の質疑応答サイトで、子どもが何算かをどう見分けるのかという質問をしているが、これは、四則演算の文章題を学び始めた子どもたちがかならず出会う普遍的な現象ではないのか。

文章題から式を起こして、採点されずに、子どもたちはいつどのようにして、四則演算の式の立て方を習うのか。


6) 等分除・包含除

わり算には、等分除と包含除がある。たとえば、2個のキャンディを3人の子どものあいだで等しく分けるときの1人分を求めるわり算が等分除、12個のキャンディを1人3個ずつ配るとき何人に配れるかを求めるわり算が包含除である。この等分除と包含除の区別もまた、輸入物である。

次の引用は、1835年のフランス語算術書からのものである(注16)。包含除と等分除に相当する用語はまだ見られないが、わり算に2つの場合があると書かれている。その中身は、包含除と等分除にほかならない。



「57節 整数のわり算は、割られる数が、割る数に商をかけてできた積であるか、商に割る数をかけてできた積なのかに応じて、2つの一般的な場合を示す。最初の場合は、商は、明らかに、割る数が割られる数のなかにいくつあるかを表している。2つ目の場合は、商は割られる数の一部で、割る数によって示されたのと同じ種類である。しかし、この2つ目は1つ目に帰することができる……」

当時の初等数学教育では、日本の算数教育と同じ、被乗数×乗数の順序でかけ算の式を書く習慣だった(というより、日本が当時の欧米から影響を受けて、その順序を採用した)。だから、「割る数に商をかけ」るのは、「割る数(被乗数)に商(乗数)をかけ」ことであり、商は乗数(いくつ分)なので、かけ算との関係で言えば、これは乗数(いくつ分)を求めるわり算、つまり、包含除のことなのである。「商に割る数をかけ」る場合は、「商(被乗数)に割る数(乗数)をかけ」るので、商は被乗数であり、被乗数は1つ分なので、1つ分を求めるわり算だと言える。これは等分除にほからならい。

ところで、この引用で、「割る数に商をかけ」ることと「商に割る数をかけ」ることが、区別されているのは、たいへん興味深い点である。19世紀のフランス語圏でも、かけ算には順序が考えられていたのである。日本の〈かけ算の順序〉教育の源流は、こんなところにあるのかもしれない。

次の画像は、カナダのオンライン教材サイトからの引用である(注17)。ここでは、包含除と等分除が用語として確立している。等分除は分割(partage)のわり算、包含除はグループ分け(groupement)のわり算である。



「割り算には2つの意味がある。分割(partage)の割り算とグループ化(groupement)の割り算である。したがって、設問を使って、この演算を文脈のなかで提示することが重要となる。」

「・分割の割り算は、事物の数量が、その数がわかっているいくつかの同量グループに分けられるときに、起きる。こうして、各グループの事物の数が求められる(たとえば、28羽の鳥は、4つの異なるカゴに入られると、カゴごとに7羽となる)。28÷4=7」
「・グループ化の割り算は、グループの大きさが知られ、グループの数が求められているときに、起きる(たとえば、28羽の鳥が、4羽ずつのグループに分けられるとき、7つのカゴが必要となる)。28÷4=7」

ドイツ語圏でも、やはり、初等数学教育では、等分除と包含除の区別がされているようだ。次の画像は、ロート教授講義スライド『小学校算数教授学』の1枚(注18)。除法のモデルとして、包含除(Aufteilen)と等分除(Verteien)の2つを挙げている。

ドイツでは、集合(Menge)という概念が、小学校のころから教えられている。集合Mを、いくつかの大きさ(要素数)が同じ部分集合に分けるとすると、Mと部分集合の双方の大きさがわかっているときに、部分集合の数を求める割り算が、包含除(Aufteilen)である。これに対して、Mの大きさと部分集合の数がわかっているときに、部分集合の大きさを求める割り算が、等分除(Verteilen)である(注18b)。



ドイツでは、かけ算は、日本の算数とは乗数と被乗数の位置が逆だが、かけ算との関係で言えば、包含除は乗号(×)の前の乗数(いくつ分)を求める割り算(□×4=12)、等分除は乗号の後の被乗数(1つ分の数)を求める割り算(4×□=12)である。包含除と等分除のこの違いを、空欄□の位置の違いで説明する点は、日本の教科書と同じである。この意味では、ドイツの基礎学校(Grundschule 日本の小学校に相当)の数学でも、かけ算の順序は設定されていると言える。。


英語圏でも、同様の説明の仕方を見ることができる。かけ算で、乗号の前の乗数を求めるわり算が包含除(measurement division)、乗号の後の被乗数を求めるのが等分除(partitive division)である。画像は、ウィスコンシン大学のラングフォード教授の数学資料から(注19)。包含除を表す英語は、他には、"quotative division", "measured division"が、包含除としては  "partition division", "fair share division"がある。

最後は、中国語圏での例。台湾の数学掲示板(注20)で、等分除と包含除に関する討論がなされている。中国語はわからないが、この区別が必要なのか、児童は理解できるのか、ということがテーマのようである。



7) さくらんぼ計算

さくらんぼ計算は、1年生がくり上がりがある足し算をはじめて学ぶときの指導法・学習法である。足す数から分岐線を引いて、足す数を、足される数に足すと10になる数と、他の部分の数に分け、この2つの数字をそれぞれサークルで囲む。それがさくらんぼに見えるので、「さくらんぼ計算」と呼ばれる。

足される数+足す数=全部の数


さくらんぼ計算は、アメリカにもあり、"Make a Ten Strategy"などと呼ばれる。こちらは、コモンコア導入時に、日本から輸出されたのではないかと思われる。次の例は、バナナまで描かれている例(注22)。足される数と、足される数に足すと10になる数とを、長い円で囲んで、10を作るということを示すバナナも描かれている。



次は、YouTubeからの画像である(注21)。




8) くもわ図・みはじ図

くもわ図・みはじ図は、割合や速さの3公式を思い出すための図的工夫であり、割合や速さの理解・学習に使える二重数直線図や4項関係図と同列には扱われるものではないと思うが、これもしばしば「超算数」とされている。これもまた、外国に見られる。

最初の画像(注23)は、ドイツ語圏のくもわ図で、基にする量は"Grundwert"(基礎価)、比べられる量は"Prozentwert"(百分価)、割合は"Prozentsatz"(百分率)と呼ばれている。英語圏では、基にする量は"whole", "Total"(全体)、比べられる量は"part"(部分)、割合は"percent"(百分率)と呼ばれている。



図は、英語圏のみはじ図である(注24)。"Dictance - Speed - Time triangle"などと呼ばれる。



見ての通り、形は日本のように円ではなく、三角になっている。三角形なので、英語圏のくもわ図は、"percentage triangle"などと呼ばれている。不明なものを指で押さえて、掛けるのか割るのかが視覚的にわかるという使い方も、日本と同じである。




注1
この文章は、「この国ではせっかく数学が日本語で学べるのに、その足がかりの算数は、謎の解釈論にまみれた、数学記号と似て非なるガラパゴス言語と化していた」という那須太郎氏のツイートにおける「ガラパゴス」という言葉に反応して書いた連ツイに基づく。

かけ算の順序論争で、ガラパゴスと言えば、次のブログがとても、よく知られている。

白川克「6×8は正解でも8×6はバッテン?あるいは算数のガラパゴス性」(blogs itmedia 2011/12/21)
http://blogs.itmedia.co.jp/magic/2011/12/6886-2d5b.html

ただ、「ガラパゴス性」とタイトルに書いてあるものの、内容は、とくに、〈かけ算の順序〉指導が外国にはない日本固有のものであることを示して、日本の算数教育の孤立性、ガラパゴス性を、明らかにしようとしているわけではない。

注2
Brett Berry, "Why Was 5 x 3 = 5 + 5 + 5 Marked Wrong" (medium.com)
https://medium.com/i-math/why-5-x-3-5-5-5-was-marked-wrong-b34607a5b74c

記事の著者ベリー氏は、そうした採点方法にストレスを感じながらも、こうした採点方法に、理解を示している。よく知られているように、英語圏では、かけ算の式では、乗号の前の数値を乗数、後の数値を被乗数とすることが多い。5×3は、3を5つ寄せる(足す)ということなのである。

5×3と3×5は数量的には、つまり計算結果は等しいが、意味が違う。equalだが、equivalentではない。5×3は5 copies of 3を、3×5は3 copies of 5を意味している。

もし意味も同じだということなれば、5×3は、30÷2とも同じということになる。5×3と30÷2は、計算結果が同じ15になるが、5×3はかけ算、30÷2はわり算なので、意味は明白に異なる。

引き算やわり算では、順序を違えると結果に影響してしまう。足し算とかけ算は可換だが、引き算やわり算は可換ではない。しかし、子どもたちは、この点でとてもまだ不安定なので、交換法則を教えるまでは、意味の違いに注意すべきである。

順序が結果に影響する例として、著者はプログラミングと行列の例を挙げる。JavaScriptでは、量的な等しさを表すのに==を、数字と文字のちがいを表すのに===を用いている。行列のかけ算では、交換法則が成り立たない。

注3
Ramy Melhem "Multiplying Using Groups"(2014/04/04)
https://www.youtube.com/watch?v=K50zMUFvafE

注4
K5 Leaning, Mathematics, Worksheets,Grade 3, Multiplication Work Problems, Simple #1
https://www.k5learning.com/worksheets/math/grade_3_multiplication_word_problems_a1.pdf

注5
J.N. Noël, Arithmétique élémentaire raisonnée et appliquée, Luxembourg, J.Lamort, 1835. Google Books

注6
"Laurel Langford's math resources", 4.3: Multiplication models, properties and basic facts
Laurel Langfordは、ウィスコンシン大学River Fall校の教授だった。
https://langfordmath.com/ECEMath/Multiplication/MultModelsText.html

注7
Math is Fun, Dictionary, "Multiplicand"
"But because we can multiply the two numbers in any order, it is better to use the word "factor".
https://www.mathsisfun.com/definitions/multiplicand.html

注8
NY-CommonCore, Eureka Math, glade 1, module 1, topic c, lesson 9, pp. 6f.

注9
Suzanne H. Chapin & Art Johnson, Math Matters: Understanding the Math You Teach, Grades K-6, 2000; ch. 3: Addition and Subtraction, pp. 40ff.

注10
ドイツのH・D・リンケンス(Hans-Dieter Rinkens, 1942-)元パデルボルン大学教授の2009年夏学期講義「低学年算数教授法 Didaktik der Arithmetik 1-3 Klasse」。画像は、その「足し算・引き算の基本表象・基本理解」の回のスライドの12枚目。

注11
Math Challenge (Grades 4-6), Teacher Created Resources, Inc., 2009; p. 75
Antje Barth / Melanie Grunzig / Simone Ruhm / Hardy Seifert, Mathematik üben: Differenzierte Materialien für das ganze Schuljahr, (e book), Klasse 6, 2013; S. 5.

注12
flute23432「倍数はゼロを含む? 」(2019年5月2日)
http://flute23432.blogspot.com/2019/05/blog-post.html

注13
Grundschulkönig, Mathe, Klasse2, Sachaufgabe2
https://www.grundschulkoenig.de/fileadmin/user_upload/mathe/klasse2/sachaufgaben/sachaufgaben_2_loesung.pdf

注14
Bout de Gomme, mot problem, addition 01
http://boutdegomme.fr/

注15
Professeur Phifix, fisches, Problèmes, Problèmes cycle 3, avec une multiplication - 1
https://www.professeurphifix.net/probleme_impression/resoudre_probleme_une_multiplication1.html

注16
J.N. Noël, Arithmétique élémentaire raisonnée et appliquée, Luxembourg, J.Lamort, 1835; p.21.

注17
カナダのオンタリオ州教育省とフランス語系テレビ局TFOが小学校教育のために運営する学習サイト"Ressources pédagogiques en line"より。
"2 sens de la division: partage et groupement" (atelier.on.ca)
http://www.atelier.on.ca/edu/pdf/Mod50_45_deuxsens_division_456.pdf

注18
Jürgen Roth (Universität Koblenz Landau, Institut für Mathematik), Didaktik der Grundschulmathematik, 4. Multiplikation und Division
http://www.dms.uni-landau.de/roth/lehre/skripte/did_grundschulmathematik/did_grundschulmathematik_4_multiplikation_und_division.pdf

注18b
現在の日本の算数教育では、式のなかの数字には、原則、単位・助数詞を付けないが、以前はつけていた。だから、包含除と等分除とでは、単位・助数詞の付き方が違っていたので、式でも区別ができた。



ロート教授講義スライドのほうの画像の一番下の行で、包含除と等分除が、

包含除 12 Ä[pfel] : 4 Ä[pfel] = 3
等分除 12 Ä[pfel] : 4 = 3 Ä[pfel] 商は被除数と同じ種類

のように単位・助数詞の付け方で書き分けられているのは、これとまったく同じ考えによるものものである(Äは、Äpfel リンゴの略)。

この節の冒頭に画像引用した19世紀の算術書には、式は書かれていないものの、「商は割られる数の一部で、割る数によって示されたのと同じ種類」と言われている。「同じ種類」というのは、言い換えれば、同じ助数詞・単位ということで、ここにも同じ考えが示されている。つまり、助数詞・単位に注目して言えば、包含除は、12個のリンゴ(割られる数)のなかに、4個のリンゴ(割る数)がいくつ分(商)含まれているかを、等分除は4人(割る数)で等分したとき、1人分はリンゴ何個か(商)を、求めるわり算である。「名数」「無名数」という古い算数学用語を用いるなら、包含除は名数で名数を割る割り算、等分除は名数を無名数で割る割り算だと言える。

注19
"Laurel Langford's math resources"
Laurel Langfordは、ウィスコンシン大学River Fall校の教授だった。
https://langfordmath.com/ECEMath/CGI/MultDivGroupingText.html

注20
台湾市立大学「数学教師知識庫」というサイトの掲示板
http://www.mtedu.utaipei.edu.tw/mathweb/showtopic.asp?TOPIC_ID=1780&Forum_id=52&page=1&sdt=

注21
Fresh and Fun Teacher, "Make 10 to Add: Number Bond Worksheets" (, Teachers pay Teachers), p.2
https://www.teacherspayteachers.com/Product/Make-10-to-Add-Worksheets-within-20-3129599

注22
"Make 10 Strategy for Addition" (2016/09/06), by Tori Kuhn, YouTube.
https://www.youtube.com/watch?v=q9h4skGoWJ8

注23
Serlo, mathematik Prozentrechnugn mittels Formeln
https://de.serlo.org/mathe/zahlen-gr%C3%B6%C3%9Fen/prozent--zinsrechnung/prozentrechnung-mittels-formeln

注24
H3 Graphic, H3 Maths, "The Time Speed Distance Triangle"
https://h3maths.edublogs.org/2013/06/27/the-time-speed-distance-triangle/



(※ twitter flute23432, 2019/09/11 17:46, 2019/07/30 20:00, 2018/03/17 23:14 などに基づく。)