2025年10月5日日曜日

Y君は順序指導の被害者か?

 「支援教室でかけ算をできるようになっていたYちゃんが、小学校でかけ算順序固定強制指導を受けたせいでかけ算の問題を解けなくなってしまった。」(黒元氏 Twitter 2025/10/04 10:49AM)


黒元(genkuroki)氏が誤用する論文は

宮田佳緒里・蛯名正司・工藤与志文「かけ算の意味理解を促すための問題状況の図示の試み――学習支援教室に参加する児童への教授活動を事例として――」『教育ネットワークセンター年報』(東北大学大学院教育学研究科)11(2011年)pp.53-60

この論文は、2011年に発表され、黒元氏が翌年に取り上げて以来、順序指導がかけ算の理解を阻害することを示す論文として、自由派のあいだで、引き合いに出されてきた。だが、この論文に出てくるY君の学習支援は、本当に、順序指導の弊害を示しているのか。

「掛算の文章題を解けるようになっていた小2のYさんが自信を無くしていたのは、学校で「かけられる数とかける数」の順序を指導されたことが原因【らしい】。まさに掛算の順序強制の被害者。」(黒元氏 Twitter 2014/10/16 11:18AM)

「11月中旬には掛算に関する文章題も絵の問題もY君は解けていた。しかし12月になると意気消沈してしまう。その原因はどうも学校での掛順こだわり教育【らしい】。」(黒元氏 Twitter 2014/12/18 11:59PM)

2014年の段階では、正直に「原因は……【らしい】」「どうも……原因【らしい】」と言われていたが、「らしい」がのちに消滅して、断言に豹変していく(不都合な)事実に注意しよう。

「例のYちゃんは、支援教室ではかけ算の問題を解けるようになっていたのに、小学校でのかけ算順序固定強制指導のせいでかけ算の問題を解けなくなってしまった。」(Twitter 2023/12/18 01:13PM)

「支援教室のお陰でかけ算の問題を解けるようになっていたYちゃんが、小学校でのかけ算順序固定強制指導のせいで自信を無くして問題を解けなくなった件」(Twitter 2024/11/25 08:32PM)

論文は、仙台市内の小学校児童Y君が、市内の私立大で受けた学習支援に関する報告である。「支援」という言葉は使われているが、別に、Y君に学習障害や発達障害があるというわけではないようだ。

Y君が教室に通ったのは、2010年10月~2011年1月までの5回。

1回目(10月初旬)計算問題 正答
2回目(10月初旬)文章題 解けず
3回目(11月中旬)文章題・絵問題 できた
4回目(12月初旬)Y君「わからない」
5回目(1月初旬)発問I~IV 絵問題・文章題ほぼできた

Y君は、文章題を絵で表すことに抵抗があるY君の特性に合わせて作られたこの5回の支援プランによって、最終的には、〈かけ算の順序〉も含めて、かけ算の問題を解けるようになった。

著者によれば、5回目の発問IからIVにかけて、Y君は、式の順序とかけ算の意味との対応付けを確固とすることができた。学習支援は成功したのである。ただ、Yのその後は、続編となる論文で扱われている。続編では、今度は小3で学ぶわり算がテーマである。

宮田佳緒里・蛯名正司「わり算の式の意味理解を促す図示の試み――学習支援教室に参加する小学生への教授活動を事例として――」『教育ネットワークセンター年報』12(2012年)pp.37-45

小学校の担任は、Y君の保護者によると、順序指導を徹底させる教師である。かけ算の単元は、年度の後半の初め(10月)から始まる。これに対して、学習支援教室では、順序を意識した支援は、5回目(1月)まではなかったと推測される。

Y君は、第1回目の計算問題は全問正解であったが、2回目の文章題がまったく解けなかった。計算はできるが、文章題ができない、というのは、よく見られる傾向である。式を与えられれば、計算できるが、文章題が描く状況から、その状況を解決する式を立てられない。

Y君が、学校でかけ算の学習が始まる10月初旬においてすでに、かけ算の計算問題を全問正解できたのは、九九を家ですでに学んでいたから、と考えられる。3回目(11月)では、Y君は文章題と絵問題を解けた。喜んで解いたと言う。

ところが、4回目(12月)になると、Y君が「わからない」と言って、問題を解けなくなった。保護者によると、「Yはかけられる数とかける数がわかっていないらしい」から、ということであった。

そこで、スタッフが、4回目までにY君が取り組んだ問題について、Y君が書いた式を支援スタッフが見直すと、問題文の登場順で式を立てていたことがわかる。これは、そのときまで、支援は、どちらかかけられる数かを意識せずに、行われていたことを意味する。

3回目は、Y君は問題を解けたが、ここではまだ、スタッフは、順序が逆でも「できた」、と判断していたと思われる。かけ算の意味の理解としては、Y君はまだ、不十分なレベルにいたのである。

ところが、4回目では、3回目では解けていたのに、Y君は急に「わからない」と言い始める。なぜそうなったのか。

保護者の「見立て」では、「「かけられる数とかける数」について、よく分かっていないらしい」から、というもの。支援スタッフも、4回目のこの後退は、式の順序とかけ算の意味の対応付けの段階で、一度つまずいたのだ、と考えた。

つまり、Y君は、かけ算の意味の理解に必要なものとして学校で求められていた、かけられる数とかける数(1つ分の数といくつ分)の理解が、まだ不十分であったである。

ところが、黒元氏は、10月からかけ算の学習が始まり、Y君が順序指導徹底派の教師から、順序指導を受けたせいだ、と考えたのである。Y君の理解の後退は、学校での順序指導が原因だと黒元氏は言う。ものはとりようである。

では、2回目の後退(Y君は文章題が解けなかった)はどうなるのか。同じ順序指導のせいではないのか。2回目では解けなかった文章題が、3回目で解けるようになったのは、順序指導のせいではないのか。

順序を意識した支援が行われた5回目には、Y君はふたたび問題が、順序を含めて、解けるようになった(これは順序指導のせいではないのか)。2回目と4回目にできなかったのは、一時的なものであった。

それは、新しいものを学び始めたときに、途上で起こりがちな理解の一時後退なのであろう。学習と理解は、いつでも、漸進的・直線的に進むわけではない。行きつ【戻】つりがあり、2回目と4回目はちょうど【戻】った時期だったのであろう。

5回目では、教師からの徹底した順序指導に加えて、順序を意識した学習支援もあり、Y君は、式の順序を含めて、かけ算の文章題や絵問題が解けるようになった。論文は、順序指導が最終的には成功したことを示しているのである。

この論文が扱う事例は、順序指導を受けると、児童が混乱して、かけ算が理解できなくなった例ではない。そこでは、Y君が、順序指導のもとで、小学校と支援教室で、小2で学ぶかけ算を理解するにいたるまでの経過が記述されている。

Y君は、たしかに、かけ算にとって基本的な、かけられる数とかける数の理解で、短期間つまづきはしたが、最終的には、かけ算の文章題を解けるようになったのである。Y君は、順序指導の被害者ではなく、受益者だったのである。

「かけ算順序固定強制指導を受けたせいでかけ算の問題を解けなくなってしまった」という黒元氏の表現は、つまづいて、その後もずっと解けていないかのような印象を与え、5回目にはY君が問題を解けるようになった事実から注意をそらそうとする、不適切で不当な表現である。

もとの論文を読まずに、【らしい】が脱落した黒元氏のポストだけを読んで悪影響を受けたチルドレンたちが、順序指導がかけ算の理解を阻む証拠として、黒元氏の赤字入りのこの論文文面をさかんに引用することで、デマと論文の誤用がますます拡散することになった。

自由派のデマに騙されないように注意しよう。


(2025/10/04のtwitterに基づく)