2018年12月28日金曜日

アレイ図の2つの理解

「かけ算の順序」論争にもしばしば登場し、かけ算の交換法則の説明に使われるアレイ図。🌑や✕のような印やアイコンの、縦横の列がそろった、長方形状の配列である。

 
かけ算には、〈一つ分×いくつ分〉と〈因数×因数〉、小学校で習う非対称的なかけ算と、中学以降の数学で習う対称的な掛け算、という2種類のかけ算があるが、それに応じて、アレイ図にも、2つの理解の仕方がある。


A.グループを作るアレイ図理解

1つ目の解釈は、算数の教科書に見られる理解の仕方である。小学校では、かけ算は、複数の同数グループがあるとき、各グループの構成員数(一つ分)とグループの数(いくつ分)から、全部の数を求める演算として習う。



かけ算の交換法則は、小2のときに、一つ分の数といくつ分の数を取り替えても、答えは同じだと学ぶ。このことは、アレイ図で説明できる。縦列を1まとまりと見ると1つ分が3で、そのまとまりが4列あるので、式は3(一つ分)×4(いくつ分)となる。🌑の数は全部で12個である。

今度は、横列を1まとまりと見て、それが縦に何列あるかと考えると、4(一つ分)×3(いくつ分)となる。3×4と比較すると、一つ分の数といくつ分の数が入れ替わった関係にある。しかし、同じアレイ図であり、外部との🌑の出入りはなく、全部の数は同じ12個である。

4(一つ分)×3(いくつ分)=12(全部の数)
3(一つ分)×4(いくつ分)=12(全部の数)

ここで注目すべきは、どちらの式でも、かけ算の順序は、一つ分-いくつ分だということである。だから、小学校で教えられている交換法則はかけ算の順序と矛盾しない。

この2つのものは同じアレイ図の異なる解釈にすぎない、1つ分の数は見方を変えればいくつ分の数に、いくつ分は一つ分とも容易に解釈できる、という理由から、「一つ分といくつ分の区別は無意味」という帰結を引き出すならば、非対称なかけ算は、対称的なかけ算へと高められる。

しかし、小学校では、非対称なかけ算に留まり、単価×数量とか、基準量×倍(割合)とか、速さ×時間とかいった、非対称なかけ算のさまざまなヴァリエーションを学習することに専念する(注1)。位取記数法や分数もまた、この考え方の応用である(例、9億は1億の9個分、2/3は1/3の2つ分)。


B.直積としてのアレイ図理解

アレイ図のもう1つの理解は、因数×因数の対称的な掛け算に対応するものである。ここでは、一つ分という、まとまりないしグループ、を作らない。アレイ図の縦と横の個数から、グループ化を経ずに、直接、全部の数を引き出す。


ここでは、3と4の2つの数が、同じ因数の資格で対等に掛け合わされて、12を構成する。書くときは2つの数字のうちのどちらかを先に書かなければならないが、どちらを先に書くかはまったく、非本質的な問題である。

かけ算の順序の「どうでもよさ」の感覚は、中高で学ぶこの対称的なかけ算の学習において、養われる。だが、小学校で学ぶのは非対称なかけ算なので、小学校のかけ算の問題を議論するときには、その感覚を不用意に持ちこんでしまうことについて、十分に慎重でなければならない。

「かけ算の順序」に関する論争で、自由派が、順序を固定してかけ算を教える教授法を理不尽だと感じるのは、この感覚を持ちこんでいるからで、その感覚をまだ持たない小学生には、実は、理不尽でもなんでもないのである。だから、かけ算の順序で大騒ぎしているのは、大人であり、子どもではない。

この12を3と4に分解する逆の過程が、因数分解である。素数に分解することは素因数分解と呼ばれる。この考え方で、割り算も教えられる。割り算は一種の因数分解である。つまり、割り算は、元の数と因数のうちの1つが知られているとき、もう一つの因数を求める演算である。つまり、割られる数12個の🌑は、縦(横)4個(割る数)のアレイ図にしたときの横(縦)の個数が、割り算の答え(商)である。

対称的な掛け算に対応するこのようなアレイ図理解では、等分除と包含除の区別は生じない。というのも、等分除と包含除の区別は、一つ分×いくつ分を前提とした考えかだからである。小学校では、学ぶかけ算が、一つ分×いくつ分の非対称なかけ算であることに対応して、割り算は等分除と包含除で導入される。

等分除は、全部の数といくつ分が知られているときに1つ分を求める割り算、包含除は、全部の数と一つ分の数が知られているときにいくつ分を求める割り算である。たとえば、12÷4は、等分除では、12個の菓子を4人で平等に分けたときに1人何個菓子がが与えられるか、包含除では、12個の菓子を1人4個ずつにしたとき何人に分けられるかを表す。

グループを作らずに縦と横の個数から直接総数を引き出すアレイ図が前提としているのが、直積である。集合Aと集合Bからそれぞれ1つずつ要素をとってできる組み合わせ(順序対)の集合は、直積集合と呼ばれ、A×Bと表現される。かけ算は、Aの要素の個数とBの個数からA×Bの個数を求める演算である。集合Pの要素数をn(P)と表現すると、かけ算は、

n(A)×n(B)=n(A×B)

と定義される。集合による説明はわかりづらいが、たとえば、ズボン3着と上着4着の組み合わせの総数を求める、ということを考えればよい。


しかし、こうした組合せを考えることは、小学生には難題である。ズボンと上着の組合せのような文章題は、高学年でも、正答率が低い。オーストラリアで、かけ算や割り算の文章題をいくつものタイプに分類して、正答率がどうななるかについて調査がなされた。それによると、直積(Cartesian product = CP)タイプの文章題は、3年生になっても正答率は15%である。これに対して、同数グループ(equal group =EG)タイプの文章題は、2年生ですでに52%に達している(注2)。


直積タイプのかけ算文章題(組合せの問題)の正答率が低い理由は、同じものを何度もカウントしなければならない、ズボンaと上着Aを組み合わせたとき、他の組合せは、潜在化している、つまり、簞笥にしまわれている、からであろう。

潜在化している分をすべて視覚化したものが、アレイ図だと言える。〈因数×因数〉で理解されたアレイ図の根底には、実は、直積が隠れている。🌑の1つ1つは、4つの欄と3つの列の順序対を表しているのである。



すべての組合せが現前して、目に見えているので、組合せの文章題に比べると、「校庭に児童が列を揃えて縦7人横8人で整列しているとき児童は全部で何人?」といった文章題の正答率は、たしかに、低くない。しかし、これにはトリックがある。正答率が低くないのは、アレイ図には、縦列ないし横列をまとまりと見ることで、一つ分×いくつ分の非対称なかけ算が容易に適用できてしまうからである。

しかし、これは裏を返せば、純粋に直積的に理解されたアレイ図は、小学生には難しいのである。算数でのアレイ図の多用には慎重でなければならない。ましてや、かけ算の順序教育に反発するあまり、同数グループではなく、アレイ図でのみかけ算を導入しよう、などとは考えるべきではない。




注1
小4で学ぶ長方形の面積を求める式〈縦×横〉に使われる掛け算は、本当は、因数(長さ)×因数(長さ)の対称的な掛け算であるが、小学校では、求積で使われるかけ算は、長さという次元からかけ算で新しい次元を作り出すものではない。小学校では面積は、1cm^2の単位正方形のいくつ分で、つまり、一つ分×いくつ分で、考えられている。

単位正方形がいくつあるかを数えるのにも、一つ分×いくつ分が使われる。すなわち、単位正方形3つを縦に積んで、幅1cmの棒を作る。これがもう一つの一つ分となる。そして、この棒が横に3本くっついて並んでいるので、単位正方形の数は、3×4で求められることがわかる。だから、小学校では、長方形を求める公式は、本当は、次のようになる。ここでは、一つ分×いくつ分が2回使われている。

1cm^2×(縦個数×横列数)

ところで、アメリカなどの算数の授業で、教師が作成して壁などに掲示する、かけ算のポスターには、同数グループ(equal groups)や同数累加(repeated addtition)、数直線(number line)とともに、アレイ図(array)が載っている。

(Teachertrap, multiplication strategies)

しかし、このアレイ図は、同数グループと実質上、変わらないのではないか。図では、"3 rows of 5"とあり、多くの場合、横列(row)だけが1まとまりにされている。同数グループとの違いは、🌑が横一列に配列されていることだけである。つまり、ここで言われているアレイ図は、一つ分×いくつ分に対応するアレイ図理解である。

注2
出典は
Lynne Outhred, "Representations of multiplicative word problems", in: Proceedings of the Eighteenth Annual Conference of the Mathematics Education Research Group of Australasia (Darwin, Jyly 7-10, 1995), ed. by Bill Atweh & Ateve Flavel, Galtha, 1995; pp.434-439.
この論文は、シドニーの1~4年の小学生115人を対象としたOuthredの調査を報告している。この論文では、掛け算文章題のタイプは、同数グループ(EG)、アレイ(AR)、直積(CP)の3つである。

同様の調査はほかにもある。

Mulliganは、シドニーの8つのカトリック系スクールの2年生女子児童70名に対して面接調査を行った。面接は2年間にわたって、4回、行われた。4回目の前に、児童は掛け算を学校で学習している。
Joanne Mulligan, "Childrens' Solutions to Multiplication and Division Word Problems: A Longitudinal Study", in: Mathematics Education Research Journal, Vol. 4 (1992), No. 1, pp. 24-41; p. 30.

調査の目的は、児童が掛け算や割り算の文章題を理解する際に、学習前にもっていたインフォーマルな直観がいかに働くかである。しかし、本ブログでは、文章題のタイプ別の正答率に注目したい。直積タイプの文章題は、正答率が著しく低いという結果が出た。

かけ算文章題のタイプは、この論文では、1.同数累加、2.値段、3.因数、4.アレイ、5.デカルト積(直積)に分類されている。著者は、のちに(1997年)、同じ実験を分析し直しているが、そこでは、次のようにタイプの名称が変更されている。文章題そのものは同じである。

Joanne T. Mulligan & Michael C. Mitchelmore, "Young Childrens' Intuitive Models of Multiplication and Division", in: Journal for Research in Matheamtics Education, Vol. 28 (1997), No. 3, pp. 309-330.

1.同数グループ(Equivalent groups)「教室にある2つのテープルに4人ずつ子どもが座っているとき、子どもは全部で何人?」(a)
2.値段(Rate)「糊1個5セントなら、糊2つ買うときいくら必要?」
3.比較(Comparison)「ジョンは3冊本をもっているが、スーはその4倍の数の本をもっている。スーは何冊もっている?」
4.アレイ(Array)「子どもたちが4列になって並んでいる。各列は3人いるとき、全部で何人?」
5.直積(Cartesian product)「ポテトチップにはチキン味とプレーンがあり、箱のサイズには大中小3つある。選び方は全部で何通り?」
(以上は、文章題に現れる数字が小さい数字の場合)

正答率は、問題のタイプによって大きく異なる。同数グループと値段とアレイは、一番易しく、正答率は面接の回数を重ねるにつれて、45%から86%に上がって行った。比較タイプは中程度で、直積タイプはとても難しく、面接1~3では1%、4回目でようやく14%であった。

次の論文はブラジルの『教育と現実』43巻第1号に掲載されたものである。
「小学生によって解かれたデカルト積の諸問題」[Problems of Cartesian Product Solved by Elementary School Students] 『教育と現実』43巻第1号
Sandra Maria Pinto Magina & Alina Galvão Spinillo. Lianny Milenna de Sá MeloII, "A Resolução de Problemas de Produto Cartesiano por Alunos do Ensino Fundamental" , in: Educação & Realidade, 43-1
http://www.scielo.br/scielo.php?pid=S2175-62362018000100293&script=sci_arttext

ポルトガルは読めないが、その英文要旨によると、直積の文章題をサンパウロの3年生と5年生の269人に解いてもらったという。問題は掛け算と、逆向きの直積である割り算の問題である。具体的には、入口2つ出口4つの遊園地に、入って出る方法は何通りか、という組合せの問題である。このかけ算で解く組合せの問題に対応する割り算の問題は、「入口2つで、入って出る方法が12通りあるとき、出口の数はいくつ?」というもの。こちらは正答率がゼロかそれに近かった。割り算ではなく、掛け算を使って、12×2=24 24通り、と解答する答案もあったという。

結論では、掛け算の問題の解決では進歩があったが、直積の割り算は小学生には異常に難しく、進展はなかった、ということである。つまり、小学生は直積を掛け算ではある程度理解できるが、直積の割り算をまったく理解できない。



(flute23432 twitter  2018/12/27 18:31に基づく)