2021年2月14日日曜日

かけ算の2つの交換法則とわり算

Ⅰ.わり算との対比において

わり算の式は

割られる数÷割る数=答え(商)

のように、通常、割られる数(被除数)を除算記号÷の前に、割る数(除数)を後に置く。

しかし、演算記号との関係で被除数と除数をどの位置に書くか、という問題は、規約・取り決めの問題であって、そこに数学的な必然性があるわけではない。ポーランド記号法のように、演算記号を数字の前に置くスタイルもある。

19世紀のドイツの計算学者ディースターベーク(F.Q.W. Diesterweg)は、ドイツを含めた今日の標準の割り算の順序とは逆の、〈除数:被除数=商〉というスタイルを提案している。今日のドイツであったら6:2と書くところを、左右逆に、2:6と書いているのである(画像参照 注1)。


2:6は2in6と読ませている。inという前置詞を用いていることに注目すると、この割り算は、6のなかに2がいくつあるか(包含除)、を意味する。それは、6÷2を意味している。ちなみに、除算記号は、ドイツでは、今日でも、コロン:を用いる。

ところで、わり算は、かけ算と違い、不可換で、被除数と除数を交換したら、商が違ってきてしまう。6÷2と2÷6では、商が違う。

6(被除数)÷2(除数)=3
 ↓
2(被除数)÷6(除数)=1/3

ここで、注意しなければならないのは、被除数と乗数の位置は変わっていない、ということである。もし、数字だけでなく、被除数と乗数の位置を交換して、つまり、単位もろとも交換して、ディースターベックのスタイルに従ったとすると、

6(被除数)÷2(除数)=3
 ↓
2(除数)÷6(被除数)=3

と、今度は、商に変化は起こらない。スタイル・書式が変更されただけで、計算は同じである。これでは、割り算の非可換性を示したことにならない。

だから、「割り算では被除数と除数を交換すると計算結果に影響が受ける」と言うとき、被除数と除数の位置を交換する、ということではなく、被除数前・除数後の順序は変えずに、数字だけを交換することを意味する。

割り算は、このように非可換だが、これに対して、かけ算は可換なので、小2ですでに学ぶように、被乗数(かけられる数)と乗数(掛ける数)を交換しても答えは同じである。

交換法則

だが、この場合も割り算と似て、交換は、被乗数と乗数の位置を交換する、ということではなく、〈被乗数×乗数〉の位置を保持しながら、数字だけを交換することを意味する。ただし、割り算と違う点は、掛け算は可換なので、どちらの交換法則でも、答え(積)は同じということである。

つまり、交換法則とは、

3(被乗数)×4(乗数)=12
4(被乗数)×3(乗数)=12
(解釈的交換法則)

ということであり、

3(被乗数)×4(乗数)=12
4(乗数)×3(被乗数)=12
(位置的交換法則)

のことではない。

私は前者を解釈的交換法則、後者を位置的交換法則と呼んでいる。後者の位置的交換法則では、3個からなるまとまりを4つ(3+3+3+3)、という意味は変わらず、ただ、被乗数を乗号の前に置く日本の算数教育で採用されているスタイルを、アメリカやブラジルなどで見られる、後におくスタイルに変えただけである。

「被乗数(かけられる数)と乗数(掛ける数)を交換して計算しても」という、算数教科書の交換法則の表現は、誤解されやすく、交換法則を位置的に理解している者も多い。〈かけ算の順序〉について著書がある高橋誠氏も、かつてはそうであったという。しかし、よく読んでみると、通常、交換法則として提示されているのは、前者である。

高橋誠氏は、世の中では〈数量×単価〉の順も使われているのだから、交換法則として、解釈的交換法則に加えて、位置的交換法則も教科書に一緒に言及されるべきだと主張している。だが、この交換法則は、スタイル、書式の変更にすぎず、交換法則として取り上げるだけの価値はないように思われる。

もし、取り上げるとしても、文化コラムのように、補足的にということにとどまるであろう。同じ筆算でも国によって数字を書く位置が違うことを紹介したコラムがあるが、あれに類するものとして。


Ⅱ.教科書等における交換法則

その高橋氏は、ツイッターで、教科書等で説明されている交換法則を位置的に理解する台風氏に対して、それはあくまで解釈的である、と反論している。台風氏によると、交換法則が解釈的であれば、つねに同時に位置的でもある、という。

「教科書の交換法則は、【甲】(かけられる数3×かける数4)=(かけられる数4×かける数3)なのです。【乙】(かけられる数3×かける数4)=(かける数4×かけられる数3)ではないのです。」(Twitter 高橋誠氏 2021/01/10 10:49PM)

「4行3列のアレイで【甲】が成り立つと
・長辺4は(かけられる数)かつ(かける数)
・短辺3は(かける数)かつ(かけられる数)
なので

(かけられる数4×かける数3)=(かける数4×かけられる数3)

より【乙】が成り立ちます。」(Twitter 台風氏 2021/01/11 09:46AM)

「それは教科書の読み間違いで、交換法則に対する誤解です。教科書は必ず「被乗数×乗数」の順です。と言いいつつ私自身40年以上、小学校で教わった交換法則を誤解していた口です。それで実生活には何の支障もない。なのに、算数教育は、明治時代に西洋から数学を教わったことに律義に従っている。」(Twitter 高橋誠氏 2021/01/11 03:58PM)

「『かけられる数とかける数を入れかえても、答えは同じ』
の記述から

(かけられる数3×かける数4)=(かける数4×かけられる数3)

と解釈するのは読み間違いだというのが理解できません。
普通に掛け算の交換法則の説明になっていますよ?」(Twitter 台風氏 2021/01/11 09:31PM)

「上の式は、
(かけられる数3×かける数4)
下の式は、
(かけられる数4×かける数3)

3と4を入れかえるが、かけられる数とかける数の順はそのまま。

上の式は、3+3+3+3
下の式は、4+4+4

交換法則は、3+3+3+3を3×4と書いても4×3と書いても良いということではない、のです。」(Twitter 高橋誠氏 2021/01/11 09:48PM)

この点は、高橋氏が正しいことは、上に書いた、割り算の非可換性との対比からも、わかる。教科書に立ち返ることによって、以下、このことを確認してみよう。算術や算数教科書に載っているかけ算の交換法則は、被乗数と乗数の位置を交換する位置的な交換法則ではなく、被乗数か乗数かの意味と単位を置き去りにして、数だけ入れ替える解釈的交換法則である。

小2の算数教科書は、交換法則を、九九表が完成したあとに正式に説明しているが、それに先立ち、九九の学習の途中から、その伏線を張っている。東京書籍算数教科書では四の段のところに、「4×3と答えが同じになる3の段の九九を見つけましょう」という設問がある。1つ前の三の段をふり返ると、答えが同じ12の九九が見つかる。それが3×4である。



3×4は、4×3の数字を逆にして作ったものというより、三の段に戻って発見するものである。学校で学ぶ九九では、いつも、nの段はnが1つ分(被乗数)である。三の段は3連プリンが1パックで3×1,2パックで3×2、3つで3×3、4つで3×4=12……、四の段は4個差しの串団子が1本で4×1=4本、2本で4×2=8本、3本で4×3=12本、というように。

3×4では3が1つ分、4×3では4が1つ分なのである。この2つの九九の句が比較されているのである。両者は、〈被乗数×乗数〉という順序を維持しながら、3と4の数値だけを交換しているのである。これは、解釈的な交換法則にほかならない。

4(被乗数)×3(乗数)【四の段】
=3(被乗数)×4(乗数)【三の段】

二の段から始まる九九のすべての段が終わると、今度は、完成した九九表にいくつかの規則性を探す。その規則性の1つが交換法則である。答え(積)が同じ句に注目して九九表を見ると、左上から右下に下る対角線を対称軸とした、対称性が見られることがわかる。これは、たとえば、九九表の7×8と8×7の答えが同じであることを意味する。乗号の前後の数が入れ替わった関係の句は、すべて、答えが同じなのである。

そして、九九では、すべて乗号の前の数が被乗数である。九九はどの句も、〈1つ分×いくつ分〉〈被乗数×乗数〉の順なので、そのあいだに見いだせる、答えの等しさを等号で表せば、次のようになる(x,yは9までの自然数)。

x(被乗数)×y(乗数)【xの段】
=y(被乗数)×x(乗数)【yの段】

この規則性は解釈的交換法則にほからない。

交換法則は、アレイ図で説明されていることもあるが、この説明でも、交換法則は解釈的である。東京書籍教科書の問4の脇に描かれているアレイ図では、◯4個から成る縦の列を、線で囲っているのは、1つ分が4個ということ。それが3列分あるので、式は〈1つ分×いくつ分〉、〈被乗数×乗数〉の図式に従えば、四の段の4×3である。


次に、3個から成る横列を線で囲む。そうすると、構成員数が3のグループが4つできる。1つ分は3個なので、3×4は三の段の九九である3(1つ分)×4を表している。ここでも、1つ分(被乗数)は乗号の前である。

今度の画像は、教育出版の教科書の、交換法則を説明した箇所である。縦2個横6個のアレイ図で、交換法則が説明されている。式2×6のアレイ図では、縦1列の2個の◯が線で囲まれている。これが1つ分である。6×2の式では、同じアレイ図が、横1列を構成する6個の◯が線で囲まれている。6が1つ分なのである。アレイ図でも、乗号の前後の数が入れ替わった関係にある、答えが等しい2つの式において、乗号の前が1つ分なのである。つまり、この交換法則は解釈的である。

アレイ図は、どのようにグループ(まとまり)を見るか、ということついて、このように2つの解釈が可能である。算数は、この2つの解釈の共存にとどまり、同じ2(または6)が、1つ分にもいくつ分にもなる、という理由で、1つ分/いくつ分、被乗数/乗数の区別そのものを無意味として解消してしまうところまでは、つまり、〈因数×因数〉のかけ算にまでは、進まない。


注1
Adolph Diesterweg & Johann P. Heuser, Praktisches Rechenbuch für Elementar- und höhere Bürger-Schulen. 1. Übungsbuch, Elberfeld, Büchler, 12. Auflage, 1839; S. 26


(Twitter flute23432 2021/01/12 10:52AM, 11:24PMに基づく。)