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2021年2月14日日曜日

かけ算の2つの交換法則とわり算

Ⅰ.わり算との対比において

わり算の式は

割られる数÷割る数=答え(商)

のように、通常、割られる数(被除数)を除算記号÷の前に、割る数(除数)を後に置く。

しかし、演算記号との関係で被除数と除数をどの位置に書くか、という問題は、規約・取り決めの問題であって、そこに数学的な必然性があるわけではない。ポーランド記号法のように、演算記号を数字の前に置くスタイルもある。

19世紀のドイツの計算学者ディースターベーク(F.Q.W. Diesterweg)は、ドイツを含めた今日の標準の割り算の順序とは逆の、〈除数:被除数=商〉というスタイルを提案している。今日のドイツであったら6:2と書くところを、左右逆に、2:6と書いているのである(画像参照 注1)。


2:6は2in6と読ませている。inという前置詞を用いていることに注目すると、この割り算は、6のなかに2がいくつあるか(包含除)、を意味する。それは、6÷2を意味している。ちなみに、除算記号は、ドイツでは、今日でも、コロン:を用いる。

ところで、わり算は、かけ算と違い、不可換で、被除数と除数を交換したら、商が違ってきてしまう。6÷2と2÷6では、商が違う。

6(被除数)÷2(除数)=3
 ↓
2(被除数)÷6(除数)=1/3

ここで、注意しなければならないのは、被除数と乗数の位置は変わっていない、ということである。もし、数字だけでなく、被除数と乗数の位置を交換して、つまり、単位もろとも交換して、ディースターベックのスタイルに従ったとすると、

6(被除数)÷2(除数)=3
 ↓
2(除数)÷6(被除数)=3

と、今度は、商に変化は起こらない。スタイル・書式が変更されただけで、計算は同じである。これでは、割り算の非可換性を示したことにならない。

だから、「割り算では被除数と除数を交換すると計算結果に影響が受ける」と言うとき、被除数と除数の位置を交換する、ということではなく、被除数前・除数後の順序は変えずに、数字だけを交換することを意味する。

割り算は、このように非可換だが、これに対して、かけ算は可換なので、小2ですでに学ぶように、被乗数(かけられる数)と乗数(掛ける数)を交換しても答えは同じである。

交換法則

だが、この場合も割り算と似て、交換は、被乗数と乗数の位置を交換する、ということではなく、〈被乗数×乗数〉の位置を保持しながら、数字だけを交換することを意味する。ただし、割り算と違う点は、掛け算は可換なので、どちらの交換法則でも、答え(積)は同じということである。

つまり、交換法則とは、

3(被乗数)×4(乗数)=12
4(被乗数)×3(乗数)=12
(解釈的交換法則)

ということであり、

3(被乗数)×4(乗数)=12
4(乗数)×3(被乗数)=12
(位置的交換法則)

のことではない。

私は前者を解釈的交換法則、後者を位置的交換法則と呼んでいる。後者の位置的交換法則では、3個からなるまとまりを4つ(3+3+3+3)、という意味は変わらず、ただ、被乗数を乗号の前に置く日本の算数教育で採用されているスタイルを、アメリカやブラジルなどで見られる、後におくスタイルに変えただけである。

「被乗数(かけられる数)と乗数(掛ける数)を交換して計算しても」という、算数教科書の交換法則の表現は、誤解されやすく、交換法則を位置的に理解している者も多い。〈かけ算の順序〉について著書がある高橋誠氏も、かつてはそうであったという。しかし、よく読んでみると、通常、交換法則として提示されているのは、前者である。

高橋誠氏は、世の中では〈数量×単価〉の順も使われているのだから、交換法則として、解釈的交換法則に加えて、位置的交換法則も教科書に一緒に言及されるべきだと主張している。だが、この交換法則は、スタイル、書式の変更にすぎず、交換法則として取り上げるだけの価値はないように思われる。

もし、取り上げるとしても、文化コラムのように、補足的にということにとどまるであろう。同じ筆算でも国によって数字を書く位置が違うことを紹介したコラムがあるが、あれに類するものとして。


Ⅱ.教科書等における交換法則

その高橋氏は、ツイッターで、教科書等で説明されている交換法則を位置的に理解する台風氏に対して、それはあくまで解釈的である、と反論している。台風氏によると、交換法則が解釈的であれば、つねに同時に位置的でもある、という。

「教科書の交換法則は、【甲】(かけられる数3×かける数4)=(かけられる数4×かける数3)なのです。【乙】(かけられる数3×かける数4)=(かける数4×かけられる数3)ではないのです。」(Twitter 高橋誠氏 2021/01/10 10:49PM)

「4行3列のアレイで【甲】が成り立つと
・長辺4は(かけられる数)かつ(かける数)
・短辺3は(かける数)かつ(かけられる数)
なので

(かけられる数4×かける数3)=(かける数4×かけられる数3)

より【乙】が成り立ちます。」(Twitter 台風氏 2021/01/11 09:46AM)

「それは教科書の読み間違いで、交換法則に対する誤解です。教科書は必ず「被乗数×乗数」の順です。と言いいつつ私自身40年以上、小学校で教わった交換法則を誤解していた口です。それで実生活には何の支障もない。なのに、算数教育は、明治時代に西洋から数学を教わったことに律義に従っている。」(Twitter 高橋誠氏 2021/01/11 03:58PM)

「『かけられる数とかける数を入れかえても、答えは同じ』
の記述から

(かけられる数3×かける数4)=(かける数4×かけられる数3)

と解釈するのは読み間違いだというのが理解できません。
普通に掛け算の交換法則の説明になっていますよ?」(Twitter 台風氏 2021/01/11 09:31PM)

「上の式は、
(かけられる数3×かける数4)
下の式は、
(かけられる数4×かける数3)

3と4を入れかえるが、かけられる数とかける数の順はそのまま。

上の式は、3+3+3+3
下の式は、4+4+4

交換法則は、3+3+3+3を3×4と書いても4×3と書いても良いということではない、のです。」(Twitter 高橋誠氏 2021/01/11 09:48PM)

この点は、高橋氏が正しいことは、上に書いた、割り算の非可換性との対比からも、わかる。教科書に立ち返ることによって、以下、このことを確認してみよう。算術や算数教科書に載っているかけ算の交換法則は、被乗数と乗数の位置を交換する位置的な交換法則ではなく、被乗数か乗数かの意味と単位を置き去りにして、数だけ入れ替える解釈的交換法則である。

小2の算数教科書は、交換法則を、九九表が完成したあとに正式に説明しているが、それに先立ち、九九の学習の途中から、その伏線を張っている。東京書籍算数教科書では四の段のところに、「4×3と答えが同じになる3の段の九九を見つけましょう」という設問がある。1つ前の三の段をふり返ると、答えが同じ12の九九が見つかる。それが3×4である。



3×4は、4×3の数字を逆にして作ったものというより、三の段に戻って発見するものである。学校で学ぶ九九では、いつも、nの段はnが1つ分(被乗数)である。三の段は3連プリンが1パックで3×1,2パックで3×2、3つで3×3、4つで3×4=12……、四の段は4個差しの串団子が1本で4×1=4本、2本で4×2=8本、3本で4×3=12本、というように。

3×4では3が1つ分、4×3では4が1つ分なのである。この2つの九九の句が比較されているのである。両者は、〈被乗数×乗数〉という順序を維持しながら、3と4の数値だけを交換しているのである。これは、解釈的な交換法則にほかならない。

4(被乗数)×3(乗数)【四の段】
=3(被乗数)×4(乗数)【三の段】

二の段から始まる九九のすべての段が終わると、今度は、完成した九九表にいくつかの規則性を探す。その規則性の1つが交換法則である。答え(積)が同じ句に注目して九九表を見ると、左上から右下に下る対角線を対称軸とした、対称性が見られることがわかる。これは、たとえば、九九表の7×8と8×7の答えが同じであることを意味する。乗号の前後の数が入れ替わった関係の句は、すべて、答えが同じなのである。

そして、九九では、すべて乗号の前の数が被乗数である。九九はどの句も、〈1つ分×いくつ分〉〈被乗数×乗数〉の順なので、そのあいだに見いだせる、答えの等しさを等号で表せば、次のようになる(x,yは9までの自然数)。

x(被乗数)×y(乗数)【xの段】
=y(被乗数)×x(乗数)【yの段】

この規則性は解釈的交換法則にほからない。

交換法則は、アレイ図で説明されていることもあるが、この説明でも、交換法則は解釈的である。東京書籍教科書の問4の脇に描かれているアレイ図では、◯4個から成る縦の列を、線で囲っているのは、1つ分が4個ということ。それが3列分あるので、式は〈1つ分×いくつ分〉、〈被乗数×乗数〉の図式に従えば、四の段の4×3である。


次に、3個から成る横列を線で囲む。そうすると、構成員数が3のグループが4つできる。1つ分は3個なので、3×4は三の段の九九である3(1つ分)×4を表している。ここでも、1つ分(被乗数)は乗号の前である。

今度の画像は、教育出版の教科書の、交換法則を説明した箇所である。縦2個横6個のアレイ図で、交換法則が説明されている。式2×6のアレイ図では、縦1列の2個の◯が線で囲まれている。これが1つ分である。6×2の式では、同じアレイ図が、横1列を構成する6個の◯が線で囲まれている。6が1つ分なのである。アレイ図でも、乗号の前後の数が入れ替わった関係にある、答えが等しい2つの式において、乗号の前が1つ分なのである。つまり、この交換法則は解釈的である。

アレイ図は、どのようにグループ(まとまり)を見るか、ということついて、このように2つの解釈が可能である。算数は、この2つの解釈の共存にとどまり、同じ2(または6)が、1つ分にもいくつ分にもなる、という理由で、1つ分/いくつ分、被乗数/乗数の区別そのものを無意味として解消してしまうところまでは、つまり、〈因数×因数〉のかけ算にまでは、進まない。


注

注1
Adolph Diesterweg & Johann P. Heuser, Praktisches Rechenbuch für Elementar- und höhere Bürger-Schulen. 1. Übungsbuch, Elberfeld, Büchler, 12. Auflage, 1839; S. 26


(Twitter flute23432 2021/01/12 10:52AM, 11:24PMに基づく。)

2020年5月9日土曜日

交換法則の2つの意味 ― 計算結果同一性と自由可換性・順序任意性

演算とは、2つの数から、3つ目の数を作り出すこと生み出すことである。たとえば、4×3=12のかけ算は、4と3という2つの数から、12という3つ目の新しい数を生み出す。演算というのは、そのような、数に対する操作・処理である。たし算、ひき算、わり算、べき算も、同様に、演算である。

ポーランド記法、逆ポーランド記法のように、演算記号を演算の対象となる数よりも前ないし後に置くスタイルもあるが、数学教育で普通に使われているのは、+-×÷のような演算記号を、最初に与えられる2つの数字のあいだに置くものである。べき算のように、演算記号を使わない場合もある。

演算のなかには、最初に与えられる、演算記号を挟む2つの数字について、演算子の前後でその位置を交換しても、つまり、演算する順序を換えても、結果が変わらないものと、結果に影響を与えるものがある。前者の演算は可換(commutative)と呼ばれ、交換法則(commutative law)が成り立つと言われる。たし算やかけ算は可換な演算の例である。だが、後者は非可換と呼ばれる。引き算、わり算、べき算は非可換である。

可換
たし算 3+4=7, 4+3=7
かけ算 3×4=12, 4×3=12

非可換
ひき算 3-4=? (-1), 4-3=1
わり算 12÷3=4, 3÷12=1/4
べき算 4^3=64, 3^4=81

たとえば、わり算は非可換で、12を4で割ると3になるが、4を12で割ると、1/3となる。割られる数と割る数を取り違えると、答えが違ってきてしまう。演算の結果として出てくる3つ目の数、つまり商、が違ってきてしまう。これに対して、かけ算は可換であり、順序は結果に影響しない。同数累加でかけ算を定義した場合、4×3は4が3つで12、3×4は3が4つで12で、結果(和、積)は変わらない。ただし、かけ算でも、行列のかけ算は、不可換である。順序を換えると、結果が違ってくる。


このような例外はあるが、高校までに習うような、自然数や有理数、実数のあいだでのかけ算やたし算では、順序を換えても、結果は変わらない。つまり、足し算と掛け算は可換である。しかし、詳しく見ると、その可換性の内容は、あくまで、計算した結果が同じである、ということである。これを「計算結果同一性」と呼ぶことにすれば、可換性の基本的な意味は、①計算結果同一性のことなのである。

日本の算数では、かけ算の式が順序が逆を理由にバツにされる、ということから、「かけ算は不可換だと教えられている」と、勘違いしている人が多い。しかし、実際には、算数教育でも、かけ算の①計算結果同一性は、繰り返し教えられている。かけ算は小2ではじめて習うが、小2の段階ですでに、九九表に見られる規則性の1つとして、「被乗数と乗数を交換して計算しても、答えは同じ」と習うのである。これは、交換して計算した結果が同じ、つまり、①計算結果同一性である。かけ算の順序指導を行列やベクトル外積の不可換性を理由に正当化しようとする試みがあるが、それは、行列のかけ算や外積では成り立たない計算結果可能性(①)が、算数では成り立つとされている事実を、見落としている。

flute23432「交換法則の学習」(本ブログ)


しかし、あくまで、算数教科書の引用した箇所で言われているのは、①計算結果可能性だけである。この引用で注目すべきは、「いつでも自由に交換してもよい」とか、「順序はどうでもよい」、とは言われていないことである。だが、計算結果が同じならば、いつでも自由に交換してもいいし、順序はどうでもいい、と言えるのではないか。自由に交換してもよいというのを「自由可換性」、「順序はどうでもよい」というのを「順序任意性」と呼ぶならば、②自由可換性・順序任意性は、計算結果同一性の当然の帰結であり、わざわざ帰結を引き出して見せる必要がないほど自明な、計算結果同一性に必然的に付随する帰結なのではないのか。

しかし、日本の算数教育では、かけ算の可換性は、①計算結果同一性としては間違いなく教えられているが、文章題の立式においては、その付随的な意味である②自由可換性・順序任意性が制限される。たとえば、「3つの袋のどれにも4つ詰めるとき、キャンディは全部で何個必要?」という文章題では、日本の算数教育では、かけ算は〈1つ分×いくつ分〉の順に書く習慣なので、式は4×3であり、3×4と書くとバツにされる。算数において②の意味でかけ算が可換なら、4×3でも3×4でもどちらでもよいはずである。しかし、算数で習う交換法則は、②自由可換性・順序任意性を意味しないので、そのような採点方法は、小学校で習う交換法則に違反しない。だから、小学校のかけ算の問題を論ずるときに、交換法則の意味範囲の違い、つまり、①だけなのか、①②両方なのか、に注意しなければならない。

①「計算結果同一性」は、可換性の基本的な、核となる意味であるが、それに付随するもう1つの意味が、②自由可換性・順序任意性である。自由可換性・順序任意性は、計算結果同一性の当然の帰結であり、とくに言及に値しないと思う人もいるかもしれない。自由派の多くは、可換性ということで、この付随的な意味(②)を含めて、かけ算を可換だと考えている。現実との関係が捨象される抽象的なレベルで式が扱われる高等数学では、それでよいであろう。中学以降の数学では、数や式の抽象化が進んで、ただ数量的にのみ考察されるようになるので、意味の違いは無視される。だから、交換法則の意味には①に加えて、②の自由可換性・順序任意性を自然に含意する。3×4とあるところは、4×3と値が同じ12なので、いつでも自由に言い換えてよいのである。だから、かけ算もそれに応じて、対称的で、順序性がない〈因数×因数〉で定義される。

しかし、これは算数にはあてはまらない。たしかに、算数でも、計算問題や文章題の立式後の計算など、意味が重要ではなく、結果だけが重要なところは、自由に乗号の前後で数の位置を交換してよい。というより、交換法則やその他を使って、楽に計算する方法が、算数では、教えられている。つまり、計算では、②の自由可換性が通用する。

だが、文章題などの、意味が重要なところでは、この自由可換性が制限される。算数では、かけ算が、〈1つ分×いくつ分〉で学ばれている。一つ分は、同数グループが複数あったときの、各グループの構成員数で、いくつ分はグループの数である。算数では、3×4と4×3で意味が違うと言われるのだが、それは、対応する事物の配列の仕方が異なるからである。小学生は、ピアジェが言う具体的な操作期の時期におり、具体物や半具体物の変化や配置などから、演算を学んでいて、しかも、そこからしか演算を理解できない。小学生の頭のなかでは、式はまだ、事物の配列から独立していない。〈1つ分×いくつ分〉のかけ算は、このような事物のグループ分けのような具体的なものに依存しているので、3個のものが4つあるか、4個のものが3つあるかの違いが重要になってくる。このため、文章題の立式では、文章に描かれている事物の配列等によって、つまり、意味によって、②の自由可換性・順序任意性が制限されるのである。

この定義では、一つ分といくつ分では機能や意味が違うので、その意味の違いを、児童がそのつど注記せずともわかるように、位置の違いでも表している。つまり、かけ算の式は、いつも、〈1つ分×いくつ分〉の順で、教科書も板書も統一されている。

どちらが一つ分で、どちらがいくつ分であるかわかっていれば順序はどうでもよいではないか、というのは理屈であって、小学生が演算を教わり、そして学ぶような教育的な状況では、教育的に順序を固定することは、理にかなっている。2つの数のそれぞれの役割と両者の違いを学習する状況で、不規則・不埒に順序を変えたら、それは学習妨害とさえ言える。算数では、単に、教える側がかけ算の式の順序を統一するだけではない。児童が単元テストなどで文章題を解くときにも、教科書にあるような〈1つ分×いくつ分〉の順序で式を書くように求めるのである。教え方に対応した教わり方が求められている。この求めを満たせないときは、式がバツになるのである。

実は、数学でも、②自由可換性は、ある意味で、制限されている。ただし、算数のように、教育的な理由で制限されるのではなく、文字式の表記慣行のために、制限される。というのも、文字式では、「積は数字を前に、文字を後に書く」という表記ルールがあるからである。文字が表す内容ではなく、文字か数字かといった文字の種類を基準として、順序を決めている。もし、かけ算の順序がどうでもよい(②)なら、4aと書こうとa4と書こうと自由なはずであるが、実際には、デカルトが確立した文字式の表記ルールに基づき、4aと書く。②の自由交換性・順序任意性は、数学でも制限されているのである。自由派もこのような順序に従って文字式を書いているはずである。

算数でかけ算の式を〈1つ分×いくつ分〉の順に書くように求めること、そして、数学で文字式の積を数字・文字の順に書くことは、②の自由可換性・順序任意性を制限するものなのだが、しかし、それは書式や表記のレベルでの制限にすぎないし、①の計算結果同一性という交換法則の基本的意味は全然否定していないので、かけ算の可換性の根幹を揺るがすものではない。ところが、自由派は、自分たちで使う文字式の表記ルールがそのような制限があることに気づかず、なぜか、算数における書式上の順序固定にのみ、異を唱えるのである。

自由派は、算数では①の計算結果同一性は何ら否定されていないこと、ただ②の自由可換性・順序任意性だけが制限されていることに気づかず、そして、②の自由可換性・順序任意性を含めて理解された交換法則を、算数の確認テストの式に、そのまま持ち込んで適用する。その結果、②に対する教育的で書式上の制限を、かけ算の非可換性の主張、つまり、①計算結果同一の否定だと誤認する。彼らは、書式上の制限にすぎないかけ算の順序を原理レベルで理解してしまうのである。そうして、彼らは、「日本の算数教育では嘘が教えられている」と大騒ぎし、算数教育を非難する。

「算数教育の専門家が「掛け算に順序がある」という嘘出鱈目を言っていて、学校でもその嘘出鱈目が教えられているのです…」(定数氏 2020/04/23 22:19)

「掛け算の順序についてどう思いますか — 小学校で行われている掛け算順序に関するトンデモ教育の話ですか?「小学生に嘘を教えるな」以外に答えようがないですよね。」(鴨氏 2017/04/20 03:40PM)

「もちろん、掛算の順序は救いようの無い大嘘であり、業界が 100% 悪いですけどね。」(ゴルゴ氏 2018/11/19 11:14PM)

算数では、②は制限されるが、①という、可換性の基本的な意味は肯定され、教えられているのである。だから、かけ算を順序を固定して教える指導法に、とくに問題はない。小学校ではかけ算が不可換だと教えられているというのは、デマである。


まとめ

たし算、かけ算では①が成り立つので可換、わり算、ひき算は成り立たず不可換。かけ算でも、行列のかけ算やベクトル外積では、①は成り立たない。しかし、かけ算を順序固定して教える算数教育は①を肯定し、②を、計算では許容しつつ、文章から式への立ち上げに関わる、文章題の【立式】で制限する。

可換性の核は①にあり、算数教育はこれを否定しないので、かけ算の可換性を否定している、とは言えない。②を制限するので、可換性を否定しているように見えるだけである。また、①を肯定する順序教育を、否定する行列を理由に正当化しようとするのは、不適切。




2019年3月18日月曜日

交換法則の学習

かけ算文章題のテストで式が逆でバツになっている答案がツイッターなどにアップされているのを見て、小学校ではまだ、かけ算の交換法則を教わっていないのか、と反応する人が多い。

しかし、これは間違っている。教科書を調べると、小学生は2年の秋頃に、かけ算の学習を開始する。そして、かけ算の学習を始めてほどなく、2年生のうちに、かけ算の可換性(交換法則)を学ぶのである。かけ算の章の数は教科書により違うが、2~3章あり、その最後の章で、かけ算の可換性が明らかにされる。

小2はまず、かけ算の仕組みを学び、九九を五の段、二の段、三の段……と覚えていき、九の段、一の段で九九の学習が終わる。九九表を完成させた後、九九表に見られる規則性(「決まり」と呼ばれている)を探す。その決まりの1つが、かけ算の可換性である。



「交換法則」という用語はまだ使われていないが、そこでは、「かけられる数とかける数を入れ替えて計算しても、答えは同じになります。7×8=8×7」と書かれている。7つキャンディーが入った袋が8つあるのと、8つずつで7袋では意味は違うが、キャンディの総数は同じである。かけ算では、被乗数と乗数の数値を交換しても計算結果は同じなのである。これが、小2で習う、かけ算の交換法則である。

九九表完成以前にも、実は、4×3と答えが同じ三の段の九九は何?といった問いがあって、交換法則に気づくように、教科書は設計されている。九九の学習は単なる九九の暗記・暗唱ではないのである。1)可換性以外にも、2)各段は乗数が1つ増えると答えは被乗数毎に増えるとか、3)七の段の答えは三の段と四の段の答えの合計、という「決まり」も学ぶ。




六の段のところでも、「6×4の答えは、4×6の答えと同じになっています。6×4=4×6」と書かれている。このように、交換法則の学習は、すでに九九学習中に、伏線として敷かれているのである。可換性の学習は、この意味では、かけ算の学習とともに始まると言ってよい。



2年の単元テストには、次のような、かけ算の可換性が分かっているかどうかを試す設問がある。





だが、2年生の段階では、可換性は、九九表という、被乗数も乗数も1~9のかけ算がもつ性質に留まっている。

3年生の初めには、2年の復習として、あらためて、交換法則を学ぶ。そして、3年では、かけ算は、ゼロとのかけ算や、2位数以上の整数(ゼロと正の数)にも拡張される。それに伴い、交換法則の範囲も拡張される。



かけ算文章題では意味が重要になるが、計算では、意味は重要ではないので、式を一つ分×いくつ分の順で書くことを求められることはない。それどころか、計算の工夫という題で、小学生は交換法則などを用いて、計算を楽にする方法を学ぶ。



4年生には、分配法則や結合法則とともに、○や△、□を用いた式で、交換法則を学ぶ。同時に4年では、交換法則は小数に拡張される。



分数のかけ算は6年で学ぶが、その際に、かけ算の交換法則が分数にも成り立つことを確認する。



中学に入ってからも、交換法則は学ぶ。ここで初めて、「交換法則」という名称が使われる。また、この段階で、交換法則は負の数にも拡張されるのである。



このように、小学校の算数では、かけ算の交換法則が、少しずつ対象範囲となる数の集合を広げながらであるが、ほぼかけ算の学び始めの時点から、繰り返し教えられている。〈かけ算の順序〉教育にもかかわらず、かけ算の交換法則は、ちゃんと教えられているのである。このことは、かけ算の式が一つ分×いくつ分の順序で書くことを求められていることと、どう両立するというのであろうか。

小学校で、かけ算の可換性を教えないから、あるいは、かけ算は可換でないと教わるから、かけ算が可換であることを知らないまま大人になってしまう、と主張する人たちがいる。〈かけ算の順序〉教育の弊害だ、というのである。そのような人が根拠として挙げるのが、読売オンラインの発言小町の次のトピである。

ドリル「算数の掛け算」(読売オンライン発言小町 2004/06/07 14:38)
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2004/0607/002209.htm?o=0&p=0
これは、トピ主のドリル氏が会社で、取引先から来た請求書に書かれた掛け算の式が、数量×単価の順で記載されていたのを見て、「…式間違ってます」と上司に言ったところ、上司は「どっちだっていいでしょう! 出る答えは同じなんだから」と切れた、というトピである。

ドリル氏によれば、正しくは、単価×数量だというのである。その根拠に挙げているのが、ドリル氏が受けた小学校での授業である。だが、これはドリル氏が小学校での順序教育のために、掛け算の交換法則を知らなかった、ということなのだろうか。

だが、ドリル氏は、「どっちだっていい」という、上司の発言に対して、ドリル氏は「そういう問題ではない」と反応している点に注意すべきである。ドリル氏は、掛け算は逆順しても答えは同じ、という交換法則はわかっているのである。だが、「そういう問題ではない」と反応しているので、問題はそこではない。掛け算が可換なのか可換でないのかが問題なのではない、というわけである。

では、何が問題かと言えば、それは、式の立て方、請求書における式の書式や単位の付け方として、どれが正しいか、なのである。たぶん、ドリル氏が勤める会社では、算数で教わったのとあまり違わない書式を使っているのであろう。ところが、その会社が取引しているが、別の書式を使っているその別の会社の請求書を、ある日、経験が乏しいドリル氏が見て、「計算式間違っています」と、上司に言ったのである。

だが、小学校の算数では、さまざまな業界で使われているいろいろな書式を教えてくれるわけではない。

次の画像は、画像は、2015年に実施された国際的なテストであるTIMSSの資料からの抜粋である。足し算とかけ算の可換性、引き算とわり算の非可換性に関する設問の正答率の国別順位を示している。





nを整数としたとき、どんなnについても、次のことは成り立つか?
n+4 = 4+n   true false
n-5 = 5-n   true false
n×6 = 6×n true false
n÷7 = 7÷n true false

日本の中2は、平均の55より、18ポイント高い73で、7位だった。〈かけ算の順序教育〉がなされているからと言って、日本の中学生が、かけ算の可換性を理解していない、とは言えない。他の多くの国々より、かけ算の可換性のことがよく分かっているのである。かけ算の可換性を小2から繰り返し教わってきたのだから、そのくらいはできても、おかしくはない。かけ算の可換性がわからない小中学生をたくさん生む〈かけ算の順序教育〉の弊害、というのは、実際には、起きていない。