2019年3月18日月曜日

交換法則の学習

かけ算文章題のテストで式が逆でバツになっている答案がツイッターなどにアップされているのを見て、小学校ではまだ、かけ算の交換法則を教わっていないのか、と反応する人が多い。

しかし、これは間違っている。教科書を調べると、小学生は2年の秋頃に、かけ算の学習を開始する。そして、かけ算の学習を始めてほどなく、2年生のうちに、かけ算の可換性(交換法則)を学ぶのである。かけ算の章の数は教科書により違うが、2~3章あり、その最後の章で、かけ算の可換性が明らかにされる。

小2はまず、かけ算の仕組みを学び、九九を五の段、二の段、三の段……と覚えていき、九の段、一の段で九九の学習が終わる。九九表を完成させた後、九九表に見られる規則性(「決まり」と呼ばれている)を探す。その決まりの1つが、かけ算の可換性である。



「交換法則」という用語はまだ使われていないが、そこでは、「かけられる数とかける数を入れ替えて計算しても、答えは同じになります。7×8=8×7」と書かれている。7つキャンディーが入った袋が8つあるのと、8つずつで7袋では意味は違うが、キャンディの総数は同じである。かけ算では、被乗数と乗数の数値を交換しても計算結果は同じなのである。これが、小2で習う、かけ算の交換法則である。

九九表完成以前にも、実は、4×3と答えが同じ三の段の九九は何?といった問いがあって、交換法則に気づくように、教科書は設計されている。九九の学習は単なる九九の暗記・暗唱ではないのである。1)可換性以外にも、2)各段は乗数が1つ増えると答えは被乗数毎に増えるとか、3)七の段の答えは三の段と四の段の答えの合計、という「決まり」も学ぶ。




六の段のところでも、「6×4の答えは、4×6の答えと同じになっています。6×4=4×6」と書かれている。このように、交換法則の学習は、すでに九九学習中に、伏線として敷かれているのである。可換性の学習は、この意味では、かけ算の学習とともに始まると言ってよい。



2年の単元テストには、次のような、かけ算の可換性が分かっているかどうかを試す設問がある。





だが、2年生の段階では、可換性は、九九表という、被乗数も乗数も1~9のかけ算がもつ性質に留まっている。

3年生の初めには、2年の復習として、あらためて、交換法則を学ぶ。そして、3年では、かけ算は、ゼロとのかけ算や、2位数以上の整数(ゼロと正の数)にも拡張される。それに伴い、交換法則の範囲も拡張される。



かけ算文章題では意味が重要になるが、計算では、意味は重要ではないので、式を一つ分×いくつ分の順で書くことを求められることはない。それどころか、計算の工夫という題で、小学生は交換法則などを用いて、計算を楽にする方法を学ぶ。



4年生には、分配法則や結合法則とともに、○や△、□を用いた式で、交換法則を学ぶ。同時に4年では、交換法則は小数に拡張される。



分数のかけ算は6年で学ぶが、その際に、かけ算の交換法則が分数にも成り立つことを確認する。



中学に入ってからも、交換法則は学ぶ。ここで初めて、「交換法則」という名称が使われる。また、この段階で、交換法則は負の数にも拡張されるのである。



このように、小学校の算数では、かけ算の交換法則が、少しずつ対象範囲となる数の集合を広げながらであるが、ほぼかけ算の学び始めの時点から、繰り返し教えられている。〈かけ算の順序〉教育にもかかわらず、かけ算の交換法則は、ちゃんと教えられているのである。このことは、かけ算の式が一つ分×いくつ分の順序で書くことを求められていることと、どう両立するというのであろうか。

小学校で、かけ算の可換性を教えないから、あるいは、かけ算は可換でないと教わるから、かけ算が可換であることを知らないまま大人になってしまう、と主張する人たちがいる。〈かけ算の順序〉教育の弊害だ、というのである。そのような人が根拠として挙げるのが、読売オンラインの発言小町の次のトピである。

ドリル「算数の掛け算」(読売オンライン発言小町 2004/06/07 14:38)
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2004/0607/002209.htm?o=0&p=0
これは、トピ主のドリル氏が会社で、取引先から来た請求書に書かれた掛け算の式が、数量×単価の順で記載されていたのを見て、「…式間違ってます」と上司に言ったところ、上司は「どっちだっていいでしょう! 出る答えは同じなんだから」と切れた、というトピである。

ドリル氏によれば、正しくは、単価×数量だというのである。その根拠に挙げているのが、ドリル氏が受けた小学校での授業である。だが、これはドリル氏が小学校での順序教育のために、掛け算の交換法則を知らなかった、ということなのだろうか。

だが、ドリル氏は、「どっちだっていい」という、上司の発言に対して、ドリル氏は「そういう問題ではない」と反応している点に注意すべきである。ドリル氏は、掛け算は逆順しても答えは同じ、という交換法則はわかっているのである。だが、「そういう問題ではない」と反応しているので、問題はそこではない。掛け算が可換なのか可換でないのかが問題なのではない、というわけである。

では、何が問題かと言えば、それは、式の立て方、請求書における式の書式や単位の付け方として、どれが正しいか、なのである。たぶん、ドリル氏が勤める会社では、算数で教わったのとあまり違わない書式を使っているのであろう。ところが、その会社が取引しているが、別の書式を使っているその別の会社の請求書を、ある日、経験が乏しいドリル氏が見て、「計算式間違っています」と、上司に言ったのである。

だが、小学校の算数では、さまざまな業界で使われているいろいろな書式を教えてくれるわけではない。

次の画像は、画像は、2015年に実施された国際的なテストであるTIMSSの資料からの抜粋である。足し算とかけ算の可換性、引き算とわり算の非可換性に関する設問の正答率の国別順位を示している。





nを整数としたとき、どんなnについても、次のことは成り立つか?
n+4 = 4+n   true false
n-5 = 5-n   true false
n×6 = 6×n true false
n÷7 = 7÷n true false

日本の中2は、平均の55より、18ポイント高い73で、7位だった。〈かけ算の順序教育〉がなされているからと言って、日本の中学生が、かけ算の可換性を理解していない、とは言えない。他の多くの国々より、かけ算の可換性のことがよく分かっているのである。かけ算の可換性を小2から繰り返し教わってきたのだから、そのくらいはできても、おかしくはない。かけ算の可換性がわからない小中学生をたくさん生む〈かけ算の順序教育〉の弊害、というのは、実際には、起きていない。