2019年4月20日土曜日

テストにおける書かれざる指示

学校の算数では、「長いすが7つあります。1つに6人ずつすわると、みなんで何人座れますか?」という掛け算の文章題では、7×8と式を立てると式がバツになる。



これは、学校の算数では、かけ算を

一つ分×いくつ分=全部の数

という図式で習うが、その一つ分といくつ分をそれぞれ正しく把握できているかを診るために、掛け算の式は一つ分×いくつ分(被乗数×乗数)の順に書くことが求められているからである。一つ分とは、同数グループがあったときの各グループの構成員数で、いくつ分とはグループの数のことである。これがわからない児童は、一つ分×いくつ分の順序で、式を書くようにという要求に応えられない。

これに対して、「もし順序を指示するのであったら、ちゃんと問題文に書くべきだ」「書いているなら、指示に従っておらずバツもやむをえない」と言う人もいる。

だが、そのような書かれざる指示というのは、無数にあり、書き尽くすことは、もともとできない相談なのである。試験(テスト)における、そのような書かれざる指示には、たとえば、次のようなものがある。

解答用紙の氏名欄には、先生の名前や好きなタレントの名前ではなく、自分の名前を書く
万年筆やボールペン、サインペン、毛筆、赤鉛筆ではなく、黒鉛筆を使って答案を書く
少なくとも読める程度に丁寧に書く
解答は(解答用紙の)対応する解答欄に書く
マークは1列に1箇所だけ
問題が解けなくても隣の人に協力を仰いだりスマホを検索したりしない
できてもできなくても、答案は提出する
記号を書きなさいとあったら、記号だけを解答用紙に書く、記号が円で囲まれているものであったら、その円も含めて書く



こうした指示は、センター入試や検定試験のように、書いてあることもあるが、書いていないことも多い。試験の前に、口頭で指示されることもある。

試験一般ではなく、その教科固有の暗黙の指示もある。

たとえば、国語のテスト問題に「30字以内にまとめなさい」とあったら、26~30字はいいが、18字ではまったく足りないと見なされ、内容にかかわらずバツにされる。20字ではなく30字と指定したのだから、そのくらいの分量の記述が求められている、18字ではその要求に応えられていない、ということなのだろう。18字でも、30字以内には変わりないだろうとも言えるのだが、それは学校のテストや入試でも通用しない理解である。

「書き抜きなさい」とあったら、リード文の該当箇所を、句読点も含めて、変更せずにそのまま引用しなければならない。漢字をひらがなに、平仮名を漢字に勝手に変えてはならない。「なぜですか」ときかれたら、理由を書いていることを明確にするために、「~[だ]から。」と「から」を文末に付けて、答えを書かなければならない。これは理科でも当てはまる。

理科や社会などでも、国語のテストでもないのに、漢字を間違ったり、漢字で書くべきところを平仮名で書いてあったりすれば、バツになる。社会では、「第二次世界大戦」は「第2次世界大戦」とアラビア数字を使うと、減点される。

算数や数学のテストでは、たとえば、次のようなことが、暗に求められている。

数字は漢数字やローマ数字でなくアラビア数字を用いる(漢数字とアラビア数字を言い換える問題を除く)
断りがない限り、問題用紙に書かれた数字は十進法で理解し、解答も十進法で書く
計算問題では、答えは単一の数値になるようにする(4×3=4×3や、4×3-2 =12-2で計算を終わらせない)、
分数の計算では、答えは既約分数にする
途中式はかならず書く
乗号には・ではなく×を用いる
高学年になったら等号=はそろえて書く
図形はテスト用紙が鼻水で歪んでも、曲面図形を習うまでは、曲面図形ではなく平面図形と見なす



求められていることに応えられていないと、バツにされる。

小学校の算数の授業内で、授業の一環として行われる、単元テストのようなテストでは、授業でやったことが習得できているかどうかをチェックするために、その種の書かれざる指示が、一般の試験に比べて、さらに多くなる。そのようなテストでは、その学校で、その授業で採用されている考え方や方法で解答を書くことが求められている。

細かく言うと、教員によってその指示は違っている。前回のテストで、数字を汚く書いている児童がたんさんいて、6と0のどちらがどちらだかがわからずに採点に困った教師は、テスト前に、「6と0は違いがわかるように書いてね」と言い、採点に際しては、とくにその点にこだわった採点をすることになる。

ところが、児童が答案を家に持ち帰ると、そのような、学校や授業での指示が脱落する、という現象が起きる。たいていの保護者は、そのような前提やら方法やらを知らずに、答案の採点結果だけを見るからである。このために、とんでもない誤解が生ずる。とくに、答案の一部がネットにアップされると、保護者を超えて、誤解が広がることになる。「脱文脈化効果」と勝手に呼んでいる。

順番が違うという理由で式がバツになっているかけ算の文章題の答案が、ネットにアップされると、「子供たちが算数・数学が嫌いになってしまう」、「日本の小学校では、かけ算は非可換という大嘘が教えられている」、「小学校の教師は掛け算の可換性も知らないバカだ」と、小学校の教育や教師が非難される、というのがその典型的な例である。

学校の単元テストでは、答えが計算問題ではなく文章題が示す問題状況に対する解決であることを意識するために、答え欄の答えには数値に、cmやLなどの単位、あるいは、「こ」「ほん」「ひき」「まい」などの助数詞を付ける、ということが求められている。書いていないと減点かバツである。何cmですかと尋ねているなら、単位はcmと決まっているので、書く必要はないとも言えるのに、である。

その他にも、次のような、書かれざる指示がある。

式欄に書く式は、28÷4ではなく、28÷4=7と、等号や答えも含めて書く
四捨五入や切り上げなどをして出てきた概数には、概数であることを明確に意識するために、その前に「約」を付ける
円周率はとくに書かれていなくても、3や3.141592653ではなく、3.14で計算する
仮分数と帯分数を言い換える練習も兼ねて、そしてまた、帯分数のほうがどのくらいの大きさを表しているかを把握しやすいので、分数の計算問題の答えは帯分数で書く
小数の筆算では、小数点以下がゼロしかない場合は、既習の整数と同じものであること(9.0がなじみの9と等しいこと)を意識するために、ゼロを斜線で消す
まっすぐな線を引くのが身体的に難しい低学年のうちは、分数や筆算の横線は定規で引いて、列や位置がずれて計算ミスを犯すのを防ぐ
……

小学生は4年次に、演算記号の種類や括弧による計算順序のルールを学ぶ。学んでいる間は、順序を明確に意識するために、そしてまた、ルールを習得できていない子がどこで躓いているかを診断するために、試験では要求しなくても、教科書の練習問題やドリルの問題をノートに解く場合は、色付下線とマル番号を付けて、順序を明確にすることが求められる。書いていなかったり、書いていても、適切でない場合は、やり直しである。バツになる。児童たちが、計算順序を間違わずに計算できるようになれば、それは求められなくなる。



授業では、繰り上がりがある足し算の計算問題を、さんらんぼを描いてやったのなら(さくらんぼ計算)、同じことを教科書等を見ずにできるかどうかが、単元テストでも試されている。だから、さくらんぼを描かないと、減点となることがある。こうした減点答案がネットにアップされると、授業やカリキュラムの文脈から切り取られて誤解され、「さくらんぼ計算を強制するな」という非難がネットで沸き起こることになる。

だが、さくらんぼ計算は、10進法位取り記数法の原理を、小1でも学ぶことができる、アメリカにも採り入れられた優れた、足し算の学習・教授方法である(Make a ten strategy と呼ばれる)。そして、さくらんぼ計算の学習のあとでは、カードで足し算九九の練習に入るので、さくらんぼ計算を使わない、足し算九九による方法が否定されているわけではない。どちらでも行うのである。それでも、足し算九九を学習する前に行われる単元テストでは、さくらんぼを描くことが求められるであろう。

三角形の面積を求める問題では、式は習った公式に従って、底辺×高さ÷2で書く。公式通りの式を求めるのは、とても、形式主義的で柔軟性がないように見えるが、高さがどれで底辺がどれかを正しく把握できているか、そしてまた、公式を覚えているかも、チェックされているのである。高さがいつも辺の長さだと思ってる児童は、この公式に従って立式することができない。

公式はただ覚えても使えるようにならないが、しかし、覚えるためのものであるというのも、依然として、真実である。小学生には、図形の面積はその周囲の長さを測ればわかると思う傾向がある。長方形の面積を、縦+横で求めてしまわないように、三角形の面積で÷2を忘れないように、求積公式を覚えておくことが重要である。

掛け算の式を、教科書に倣って、一つ分×いくつ分、単価×数量の順に書くこともまた、掛け算の文章題を解答するとき、暗に指示されていることなのである。もししそれに従えていない式はバツにされるが、それは、掛け算が非可換だからではなく、その書かれざる指示に従えていないから、である。

だから、掛け算の文章題で式が逆だからバツというのは、掛け算の可換性という原理の否定ではない。掛け算の順序は、原理でなく、書式・表記上のレベルで求められているもので、一つ分といくつ分をそれぞれ正しく把握させるという教育的な意味で、設定されているのである。



高校数学でも、「関数f(x)の最小値を求めよ」という問いで、f(x)を最小値すとするxの値を挙げていない、もしくは挙げていても全部を上げていないとき、減点する教師がかなりいる。不等式の証明では、しばしば、問題文に書かれていなくても、等号成立条件を書くことが求められている。(2019/04/17 ツイッターでの定数氏によるアンケート結果による。)




(2019/04/17 20:07などのツイートに基づく。)