2025年10月5日日曜日

現代化以後の算数教科書における図形の包摂関係の扱い

 「正方形は長方形である」といった、三角形や四角形のあいだの包摂関係は、現代化の時代(1970年代)に、集合概念や、その関係を表す記号(⊂)やヴェン図を用いて、小学校で教えられた。


正方形が長方形の、正三角形が二等辺三角形の、長方形が平行四辺形の特殊な場合であることが教えられていたが、理解できない児童がかなりの割合でいた。

たとえば、読売小町の図形のトピにレスをした、赤熊(redbear)氏は、小4のときにクラスで勃発した、「長方形は平行四辺形である」問題について述懐している。そのとき、小学生の赤熊(redbear)氏だけは「長方形は平行四辺形だ」と主張したが、クラスの他の同級生はすべて、これに反対した、という。

翌日、その説明を考えてきた赤熊氏は、クラスでその理由を発表し、数学を専攻した教師によって、赤熊氏が正しいという裁定が下ったのだという。「長方形は平行四辺形である」と教えられていた現代化の時代なので、教師がそのような裁定を下したのは、当然である。私が注目したいのは、クラスで、赤熊氏以外の同級生たちが、それに同意しなかったことである。

現代化時代は、集合や位相などの、現代数学の抽象的な概念を採り入れられ、教える内容が形式化し、同時に、他の既存の学習項目が削られなかったために詰め込み主義ともなった。このため、算数の授業が理解できず、算数がきらにいなる児童が割合が増えた

このような過酷な現代化算数に対する反動と反省から、1980年代(ゆとり第1期)になると、基礎に帰ろうとする運動が鮮明になった。集合概念や記号やヴェン図は用いられなくなったが、しかし、図形の包摂関係については、教科書に「~は…の特別な場合である」などと、はっきり書かれていた。たとえば、「ひし形は、平行四辺形のうち、隣接2辺が等しい特別なもの」とされている。

そのことを納得させる方法として、東京書籍は、上の画像のように、色が違う合同な平行四辺形の形の紙をずらしていく直観的な方法を用いた。学校図書は同様に、長方形型の紙を封筒から少しずつ出して見せた。封筒から外に出た長さがその長方形の幅と同じになった瞬間に、長方形は正方形となる。


定義に訴える論理的な方法で納得させようとする、教育出版のような教科書もあった。

正三角形が二等辺三角形の、平行四辺形が台形の特別な場合であることは、次のような、巻末の穴埋め練習問題を通しても、教えられた。台形【のうち】、もう1組の対辺も平行であるという、条件が加わることで特殊化したものが、平行四辺形なのである。

だが、直観的な方法には、限界があった。というのも、長方形の紙を封筒から少しずつ出していく方法では、外に出た部分がちょうど正方形になる瞬間があるが、そのとき、それが依然としては長方形なのか、それとも、その瞬間だけ長方形をやめるのかが、不明である。

1990年代には、包摂関係は、直観的な仕方で示唆されることはあっても、「~は…の特別な場合である」という表現で、はっきり言われることがなくなった。

ただし、啓林館のように、平行四辺形を描くときに決める角度や長さの調整によっては、平行四辺形が、長方形やひし形になることを示す教科書はあった。学校図書も、平行四辺形を描かせる課題で、隣接2辺のあいだの角を90°にしたときの図形の名称を問うている。

2000年代(ゆとり第3期)は、東京書籍や日本文教を見るかぎり、示唆さえない。包摂関係は、まったく教えられていないようだ。

算数教育指導用語辞典(第3版)には、2000年代の教科書の規準となる「新学習指導要領(平成10年改訂)では,正方形と長方形とは別の形として指導するように決められ, 小学校では図形の包摂関係については取り扱われないことになった。」とある。

2010年代は、ゆとりに対する最初の反動であった。比の値や倍数、反比例、文字を使った式、場合の数などが、中学からふたたび戻ってきた。ただし、包摂関係は、わずかに示唆されるだけに留まっている。1990年代のレベルに戻ったと言える。

東京書籍は、1990年代の学校図書と同様に、平行四辺形を作図させる課題で、角度を90°にするとどんな四角形になるかを問うている。その答えは長方形であるが、その長方形が依然として平行四辺形なのか、それとも、もはやそうでないのかは、何も言われていない。だから、示唆に留まる。

また、学校図書にだけは、必修ではない発展的な学習項目のコラムとしてであるが、現代化時代と同じ(ただし、洗練されたデザインの)、四角形の包摂関係を表すヴェン図が載っている。だが、それについての説明は何もなく、本文との関係も不明である。2020年代も同様の図が載っている。

2020年代(現行)は、2010年代よりも、さらに、示唆が増えたように思われる。画像は、頂点を円の中心に、底辺両端を円周上に置く二等辺三角形について、中心角の設定によっては、正三角形になることが示唆されている。直観的な仕方でだが、包摂関係が示唆されている。


しかし、1990年代と同様に、「正三角形は二等辺三角形の特別な場合である」というような書き方をしていない。

現在、算数では、包摂関係は、明確には教えられていないのである。では、正方形と長方形、正三角形と二等辺三角形の関係が排反的だと積極的に教えられているかというと、そういうわけでもない。生活世界では、「今度買うこたつの形は正方形がいい?それとも長方形?」という言い回しに見られる、排反的に図形が分類されている。児童は、学校で図形を習う以前から、生活言語の使用を通じて、そのような、素朴な図形分類に従っており、小学校の教育は、とくに、それに手を加えることはないのである。

三角形間、四角形間の包摂関係を理解するには、定義に従って概念的に考える能力が必要だが、小学生は概念的思考が発展途上で、図形を定義からよりも、視覚的イメージで捉えようとする。包摂関係は中2で教わるので、急いで無理に教える必要はないと思われる。

図形については、他にも小学校で学ぶことが多数あって、それをしっかり習得できるように、指導すべきであろう。小学校算数では、封筒などを用いた直観的な方法による、示唆に留まる指導で十分であると思う。


(2025/02/23のtwitterの連ツイに基づく)