2025年10月5日日曜日

帯分数主義と仮分数主義の相克

A.変遷

小学校算数では、昔から、帯分数どうしのたし算・ひき算は、整数部分どうし、分数部分どうしを足し引きする(必要に応じて繰り上がり繰り下がり)、という計算方法が教えられてきた。


小学校算数は、伝統的には、帯分数主義なのである。だが、教科書をこの60年間くらい遡って調べると、それほど単純でないことがわかる。上の画像は1950年代の東京書籍の算数教科書から、下の画像は1960年代の啓林館教科書からのものだが、いずれも、帯分数のまま計算している。


ところが、現代化の時代(1970年代)になると、式に含まれる帯分数をすべて、最初にまず仮分数に言い換えてから、計算に入るという方法に、変わった。大日本図書の教科書には、仮分数にする方法のみで、従来の方法が載っていないのである。

啓林館も同様である。


しかも、(帯分数とは限らない)一般の分数どうしの計算でも、その最終結果を、仮分数のままにするのが標準になった。それどころか、そこには「1 2/3でもよい」(帯分数にしてもよい)という、(帯分数主義の伝統からすれば)ふざけた注釈が入っているのである。

分数の計算問題の結果を、帯分数で出して、ただし、「仮分数のままでもよい」と注記が入る、のではない。メインとサブが逆転していて、仮分数のままにするのが、メインになっているのである。これは帯分数主義からの大きな転換であった。

いな、大きな転換となる【はず】であった。というのも、集合概念や公理主義を無理に導入して、初等中等数学教育を高度化、形式化しようとする、現代化というこの無謀な試みは、早々と頓挫したからである。

児童・生徒の思考の発達に対する恐ろしい無知から、大量の算数嫌いと数学が苦手になった子どもたちの遺骸を校舎の暗い裏手に積み残して。

こうして、基礎と伝統への回帰が1980年代から始まった。1980年代の大日本教科書は、帯分数どうしのたし算・ひき算において、帯分数のままで計算する方法をメインとし、仮分数に変換する方法を、「することもできる」と追記するようになった。


現代化時代に追放された「帯分数のまま」の方法が復権し、成り上がっていた「まず仮分数に」の方法が、独裁者の地位から転落して、その従者に身を落としたのである。それどころか、同じ1980年代の東京書籍の教科書では、帯分数のままの方法しか書かれていない。

教育出版も、帯分数のままの方法のみである。


1980年代はゆとり第1期とすると、1990年代はゆとり第2期である。ゆとり第2期も、学校図書の教科書を見ると、帯分数のままで計算する伝統的な方法しか、載っていない。


ゆとり第3期の2000年代は、真正ゆとり期と呼べる時期であった。この時期には、小数の最初の単元が小3から小4に、分数のたし算ひき算が小4から小6に、5年で学ぶ倍数・約数が6年になど、学ぶ内容が上の学年に回された。

比の値や場合の数、反比例、文字式のような、小学校で学ぶことが中学に回された。この真正ゆとり期は、帯分数どうしの加減の点でも特異だ。というのも、整数±分数や整数-真分数は出てくるが、帯分数どうしのたし算・ひき算が、そもそも出てこないからである。

2010年代は、ゆとりに対する反動の最初の時期となった。帯分数どうしの加減の説明が回復された。同時に、しばらく追放されていた、まず仮分数にする方法が復権し、「帯分数のまま」と「まず仮分数に」が併記されるようになった。

大日本図書教科書も「両論併記」。

続く、2020年代現在は、現行の学習指導要領は現代化指導要領に次ぐ難しさと言われるが、現行の教科書でも、2つの方法が併記されている。これは東京書籍。


大日本図書。


以上のように、教科書の記述を年代順に追うと、伝統的には、小学校の算数教育は帯分数主義であったが、それほど単純ではなく、現代化のときに、仮分数主義が帯分数主義を、一気に一掃しようとしたものの、現代化の失敗で、仮分数主義が失墜し、帯分数主義が復活し、その後、ゆとりに対する反動のなかで、仮分数主義がぶり返し、今は、ほぼ対等に扱われている。


B.仮分数主義の台頭?

最近、帯分数主義の塾講師から、塾生たちが、5.2-3と1/3のような計算も、仮分数にして計算するので、手を焼いているが、これは、小学校の教師の誤った指導のせいではないか、という声があった(c_kun20august氏 twitter 2025/02/10 00:43PM)。

また、家庭教師のKabuTaro氏からは、入試では帯分数のまま計算したほうが楽な場合もあるので帯分数のままの方法を教えているが、教えなければ、ほとんどの子はまず仮分数に直して計算する、という。Kabu氏は、小学校では仮分数主義の方法しか教えられていないのではないかと疑っている。

だが、小学校算数の教科書は、このところ10年以上は「両論併記」なので、小学校で仮分数法しか教えていない、というのは、ありそうもないことである。教科書以外に、学習指導案やドリルの解答などを見ても、小学校で両方とも教えている事実は動かないようにみえる。

だが、こういうことはあるかもしれない。小学校では2つとも教えるが、どちらでもよいと教師から教わるので、児童がくり上がり繰り下がりがない、手順が単純な仮分数主義を圧倒的に好む、ということが。好んでよく使うから、仮分数法には習熟するが、逆に、ほとんど使わない帯分数法には、いつまでたっても慣れず、そのうち、やり方を忘れてしまうのである。

それに、帯分数のかけ算・わり算も、まずは仮分数に直すので、まずは仮分数で直す仮分数主義の方法のほうが、加減だけでなく乗除も含めた分数の計算の方法としては、一貫している。

加えて、最近は、計算結果が仮分数のままでもよいとされるようになったことが、これを後押しした可能性もある。以前は、分数の計算問題や分数を使う文章題では、最終的な答えは、仮分数のままにしてはならず、帯分数にしなければならなかった。


だが、今は、「帯分数は中学以降の数学では使わない」などの理由からか、それを言わなくなった。ドリルの解答でも、答えを帯分数に直したものと仮分数のままとが併記されるようになった(注1)。まずは帯分数を仮分数にして計算し、仮分数のまま計算を終えてもよいのである。「帯分数のままの方法には、仮分数を帯分数に直す手間がない」という利点があったが、それが失われた。

上で言及した塾講師(c_kun20august)氏は、「大手塾で……全て仮分数に直して通分、計算させる算数講師が増えてきて」いるせいだとも述べていた。だとすると、塾界で、仮分数主義が帯分数主義に対して、その支配域を拡げつつあるのかもしれない。今見てきたように、伝統的には帯分数主義の算数教育にも、全体の流れとして、同様の仮分数主義の台頭の傾向があり、仮分数主義が帯分数主義と相並ぶようになった。

分子が大きくなっても、計算力があるなら、手法が単純で例外がない仮分数主義のほうが受験には都合がよいのであろう。しかし、受験を目的とせず、基礎をしっかりと学ぶ小学校算数では、既習の整数との関係を示す帯分数主義をメインとする指導が適切だと思う。


注1

画像のように、帯分数の答えをメインにして、仮分数の答えが括弧内に書いてある。ところが、模範解答をこのような書き方にしたために、=帯分数でも=仮分数でもどちらでもよい、というのではなく、=帯分数(仮分数)のように、一方を括弧に入れて両方とも書かないとバツにされる、というような、ドリル・ワークの模範解答執筆者の意図をとらえ損なっていように見えるおかしな採点も、小学校では起きている。

だが、結果として、児童に、答えを帯分数と仮分数の両方で書かせることになっており、安易に仮分数主義に流れるのを防ぐ役割をはたしている、と言える。帯分数表記のほうが整数との関係が見えるので、出てきた答えがどのくらいの大きさなのかが、わかりやすい。とくに、分数が使われ分数で答えを出す文章題では、答えは是非とも帯分数で書くべきである。だから、児童が分数の概念とその四則演算を習い始める小学校算数では、帯分数の需要がどうしてもある。このような括弧付きの表記にしないとバツの採点は、その抑えきれない需要の結果なのではないか。


(2024/02/23のtwitterに基づく)