2019年5月11日土曜日

計算の工夫とかけ算の順序

算数の教科書には、「計算の工夫」とか「暗算」という見出しで、結合法則等を使って計算を楽にする方法が載っている。結合法則などの法則と、100や1などの切りがいい数値を作る方法とが、組み合わされていることが多い。もちろん、計算の工夫としては、初歩的なものばかりなのだろうが。

1)結合法則の利用
82+43から順番に計算するのではなく、足し算の結合法則を使って、43+57=100など、切りがよい数値を作る組合せを見つけて、それを先に計算する。


今度は、足し算ではなく、かけ算の結合法則と、25×4=100、125×8=1000などを併用する方法。12を4×3に分解して、結合法則により、25×4を作る。100ができると、計算が楽になり、暗算も可能になる。


0が末尾に並ぶ数とのかけ算では、その数を10や100とのかけ算に分解して、それ以外の項を掛けてから、その結果に、10や100を掛ける(0や00を追加する)とよい。筆算でも使える方法である。これは結合法則を使っていると見なすことができる。



掛けられる数・掛ける数ともに、0や00で終わっている場合にも、この方法は使える。また、小数の掛け算の筆算は、1.92を192×0.01に分解して、整数部だけをまず計算し、後から0.01を掛けている(小数点を左にずらしている)と言える。「工夫」と言うほどのものではなく、当たり前にやっている。



2)分配法則の利用
分配法則と、35+65=100といった切りがよい数値を作る計算を併用する。7.2×の共通部分を括弧の外にくくり出して、35+65=100を作ることで、計算を簡単にする。実際の計算では、35+65のような幸運な組合せが発見できるとは限らないが、発見できればこの方法が使える、ということである。教科書の「計算の工夫」の節にあるような練習問題は、もちろん、その練習ができるように、数値が作為的に設定されているのだが。


105=100+5と分解して、100×6のような、計算が楽な部分式ができるように、分配法則を適用する。



99=100-1と言い換えて、100を作ることで、計算を楽にしている。+の分配法則ではなく、-の分配法則の適用を含む。


分数の計算での、分配法則の利用。1/4+3/4=1という、切りがいい数値を作る数の組み合わせが併用されている。分配法則の使い方としては、共通部分を括弧の外に括り出すのが通例だが、(1/3+1/4)×12のように、括弧の中に分配したほうがよい例もある。



3)その他
割り算では、割られる数と割る数を同じ数で割っても(掛けても)答えは同じ、という性質の利用して、割り算を簡単にすることができる。




割られる数も割る数も、0や00で終わっているなら、10や100でともに割っておく。小数の割り算の筆算で10や100を掛けて小数点をずらすのも、同じ性質を使っている。「工夫」ほどのものではなく、筆算の手法の一部だと言える。



足される数から引いたのと同じ数だけ、足す数に足しても、答えは同じという性質を用いて、足し算を暗算で行う。引き算では、引かれる数と引く数から同じ数を引いても(足しても)答えは同じである。
94-48 =(94+2)-(38+2) =96-40 =56



大日本教科書の、「もっと算数玉手箱」という、チャレンジしたい人のためのページには、小学生のガウスが使ったとされる計算の工夫が紹介されている。


これは、交換法則と結合法則を利用している、とも言える
1+2+3+4 =(1+4)+(2+3) =5+5 =5×2 =10

数列の昇順と降順の対応項どうしを足して、その合計を2で割る、という方法も、その続きの部分に、紹介されている。


4)交換法則の利用
かけ算を巡るネット上の議論では、事柄を極度に一面化するデマゴーグたちの扇動もあって、日本の学校算数ではかけ算は可換でないと教えられていると誤解され、非難されている。だが実際には、計算問題では、意味があまり重要ではないので、交換法則は、必要に応じて適用すべきことが、教えられているのである。



上の画像は、筆算に際して、交換法則を使うことで、筆算の行数を減らすものである。計算の工夫とは言えないが、8×7の九九の答えを忘れてしまったときでも、被乗数と乗数の数を逆にした九九を覚えていれば問題なし、というのも、交換法則の活用である。

実は、意味が重要となる文章題でも、立式後の計算では、順序遵守は求められず、交換法則を自由に適用して構わないとされる。次の例は、文章題立式後の筆算で交換法則を適用して、行数を減らす方法。



上の画像における、問4と問6は無関係ではなく、問4は計算問題、問6は文章題だが、問4で用いた、筆算での交換法則の適用を、今度は文章題でやってみようというもの。
このことをあえて式に組み込んで書けば、

3×38 ←一つ分×いくつ分の公式に従って式を立てる【立式部】
=38×3 ←交換法則の適用【計算部】
=114 ←筆算の結果を書く【計算部】

となる。

みかんは1人3個ずつで、組の人数は38人なので、1つ分×いくつ分の公式に従い、3に38を掛ければ必要なみかんの総数を求められると認識する。そして、筆算では、交換法則を使う。1つ分×いくつ分、単価×数量、速さ×時間などの公式に従った立式と、交換法則の適用とは両立可能なのである。つまり、掛け算の順序は交換法則と両立可能である。

次の例は、文章題で、立式後の=で言い換えて行く計算部分で、交換法則と25×4=100を併用している。



すど氏が2017年8月にツイートして、それに対する生天目(なばため)氏の反応が炎上騒ぎとなった問題も(注1)、同じように解いてみよう。これは、教科書の「計算の工夫」の節にうってつけの例題である。

「1本85円の鉛筆を144本と,1冊144円のノートを15冊買います。合計はいくらでしょう?」

まず、単価×数量の公式を2度繰り返して、立式する。このことで、児童が85円の85を単価として、144本の144を数量と捉え、単価に数量を掛ければ合計が求まるがゆえにかけ算を使った、ということが、教師は確認できる。

85円(単価)×144本(数量)+144円(単価)×15冊(数量)

次に、鉛筆の本数とノートの値段の数値が同じで、85+15=100と切りがいい数字になる組み合わせになるところに注目して、交換法則を適用し、乗号の前に114が来る形にそろえる。さらに、分配法則を使って、144×をくくり出すことで、85+15をつくる。最後に、144にその合計の100をかける、つまり、144にゼロを2つ追加する。

85×144+144×15 ←単価×数量のことばの式に基づき立式
=144×85+144×15 ←交換法則
=144×(85+15) ←分配律
=144×100
=14400

答え 14400円



注1
「「1本85円の鉛筆を144本と,1冊144円のノートを15冊買います。合計はいくらでしょう」という数値設定の問題,かけ算の順序的にすごく面白そうじゃありません?」(すど氏 2017/08/02 20:31)
「例えば「あなたが小学校の先生だとして,この数値設定の特徴に気づき,暗算で144×100=14400円と計算できる子を育てたいですか,育てたくないですか」的な問いを初等科数学科教育法の授業で教員志望の大学生に投げてみたらどうかしら。」(20:42)

「これに関しては明確に答えられます。「NO」です。
理想は頭の中で最適化された計算を「確かめ算(検算)」として行い、表記上はそれぞれ別の掛け算から合算する方式を記入する。
そして「144×100のようなずるをした?」という問いに「いいえ」と答えられるようになるまでが「教育」です。」(生天目氏 2017/08/04 08:54)

すど氏の問題点は、彼が、算数を十分に研究しておらず、そのために、自分が作った設問が、計算の工夫という題で算数で教えられている設問の類題にすぎないということを認識できずに、あたかも、算数では計算の工夫が教えられていないかのように、そしてまた、それがかけ算の順序と相いれない例であるかのように提示しているところである。

「暗算で144×100=14400円と計算できる子を育てたいですか,育てたくないですか」と問うすど氏の問いに対して、生天目(なばため)氏は、「これに関しては明確に答えられます。「NO」です。」と答えているのであるが、「育てたいですか」にNOなのか、「育てたくないですか」にNOなのかが、不「明確」であり、生天目氏はまったく、明確に答えているとは言えない。たぶん、「育てたいですか」にNOと言いたいのだろうが。

生天目氏が理想とするのは、144×100で検算するが、式は単価×数量の公式に従って書ける児童の育成である。そのあと、「「144×100のようなずるをした?」という問いに「いいえ」と答えられるようになるまでが「教育」です。」と述べているのだが、この箇所が理解しにくい。

教師が「家に帰るまでが遠足です」と言ったなら、それは、学校で解散したら、もう教師の責任はないというのではなく、家に無事帰ったことを確認できて、はじめて教師の管理責任は完了する、ということであろう。それからすれば、生天目氏のこの部分は、児童が「ずるをした?」という教師の問いに「いいえ」と答えられるようになってはじめて教育は完成する、という意味になる。教育がそんなに簡単に完成してよいかどうか問題だが、ここは、買い物の合計を計算する文章題の指導が一応終わる、ということであろう。

だが、「いいえ」と答えられるようになる段階というのがどんなものなのか、ということが、生天目氏の文章からはよくわからない。「「いいえ」と答える」というのは、144×100で計算することが「ずる」でなく「検算」であることが理解できる理想的な段階のことなのか。それ以前の発展途上の児童たちは、計算の工夫を「ずる」だと捉えている、ということなのか。しかし、上で見たように、計算の工夫は算数で繰り返し教えられている。文章題でも、計算の工夫をしてよいのである。

生天目氏には、かなり特異な教育観があり、この反応は、そこから出てきたもののようだ。生天目氏にとって、学校は、わざと間違えてあげる、今初めて知った、今初めてわかったふりをしてあげる苦労を思い知る場なのである、と言う(2018/12/23 16:23)。

ともかく、生天目氏のこのツイートは炎上することになるのだが、その原因は、144×100で計算することを「ずる」ととらえるその発想そのものである。生天目氏は、「ずる」と言ったのは、自分自身ではなく、自分のツイート中の登場人物(教師)であると述べて、言い逃れを試みているが、その登場人物を創作して、登場人物にそのように言わせたのは、生天目氏自身である。

この炎上騒ぎに関連して、小学校の先生が交換法則の適用をズルと言ったという証言がなされた。

「25の48パーセントは48の25パーセントも答えは同じだから、48を4で割れば暗算できると言ったら、小学校の先生からそんなズルを先生が言ってはいけない、と非難された…」(数学氏 2018/11/05 11:47PM)

だが、ここでも、掛け算の順序や公式の適用と、交換法則の適用とは共存可能なので、交換法則の適用は「ずる」だという必要はない。まず、基準量×割合の言葉の式に従って、立式する。

25×0.48

立式したあとは、計算過程に入るので、どれが基準量でどれが割合がどれでということは、気にしないでよい。結合法則などを使って、計算を楽にすることもできる。

25×0.48
=25×(0.12×4)
=25×(4×0.12) ←交換法則
=(25×4)×0.12 ←結合法則
=100×0.12
=12

「48の25パーセントも答えは同じ」というは、式にすると少しややこしくなるが、次のように計算している、と考えることができる。

25×0.48
=0.48×25 ←交換法則
=(48×1/100)×25
=48×(1/100×25) ←結合法則
=48×25/100
=48×1/4
=12

計算の工夫は「ずる」でも何でもない。そして、どれが単価でどれが数量であるかという意味と関係を捉えた上で立式できることも、交換法則や分配法則などを使って計算の工夫ができるようになることも、どちらも、算数では目指されている。

(2019/01/01 21:11などのツイートに基づく)