2020年6月13日土曜日

かけ算の順序についてのQ&A

Q00 〈かけ算の順序〉とは何ですか?
Q01 かけ算の順序を教えることは、学習指導要領で定められている?
Q02 外国ではかけ算の式は日本の算数とは逆になっているということは、日本の算数の順序でないと不正解にするのは間違った指導では?
Q03 問題文に書かれていないルールを児童に忖度させるべきではないのでは?
Q04 長方形は90度回転すれば、縦と横は入れ替わるので、順序を固定することは不可能では?
Q05 どれが1つ分でどれがいくつ分かは一意に決められないのでは?
Q06 〈かけ算の順序〉のような無意味なルールを教えられている最近の子どもたちはかわいそうでは?
Q07 トランプ配りをすれば、一つ分といくつ分が入れ替わるので、1つ分を一意で決めることは不可能では?
Q08 数学的に正しい式をなぜ不正解にするのか?
Q09 式逆でバツを付けられた児童は数学が嫌いになってしまうのでは?
Q10 単位を付ければ、〈かけ算の順序〉問題は解決では?
Q11 5×2×3で、どれが1つ分で、どれがいくつ分?
Q12 「かけ算に順序がある」など、日本の算数教育は、トンデモではないか?
Q13 〈かけ算の順序〉では〈質量×速度〉と〈速度×質量〉のどちらが正しい?
Q14 中学受験でも〈かけ算の順序〉を守ったほうがよいのでしょうか?
Q15 〈かけ算の順序〉は交換法則を習うまでの一時的なものですよね?
Q16 文章題にダミーの数や他の演算が必要な数を入れておけば順序は不要では?
Q17 長方形が斜めに傾いているとき、その面積を求める式の順序は、どうなるのでしょうか? Q20 小学校での〈かけ算の順序〉指導は、大学で行列積などの非可換積を学ぶのを見越してのことでしょうか? Q22 かけ算の式を逆に書いた児童は、ただ、〈いくつ分×1つ分〉の順に書いただけで、数の意味は理解しているのでは?
Q23 式の順序からは、児童が理解しているかどうかは、わからないのでは?
Q24 順序を逆に書いた児童が「3本耳のウサギが2匹いる」と考えて式を書いた、なんて、教師は真面目に信じているの?
Q25 交換法則を小2で学習したあとも、〈かけ算の順序〉指導がなされているのは、なぜ?
Q26 外国にも、〈かけ算の順序〉指導はあるでしょうか?
Q27 かけ算の式を逆に書いた子は、ただ、英語圏の標準書式〈乗数×被乗数〉の順序に従って、書いただけでは?
Q28 かけ算で順序が問題になるのに、たし算では、順序が問題とならないのはなぜ?
Q29 児童が文章題の式として、3×4と書か4×3と書くかは同じくらいの確率なので、理解していない児童も、半分は正しいとされてしまうのでは?
Q30 1つ分といくつ分を尋ねたいなら、1つ分とは何か、いくつ分とは何か、とストレートに尋ねればよいのでは?
Q31 〈かけ算の順序〉のような高度なことは、あとで学習すればよいのではないでしょうか?
Q32 〈かけ算の順序〉のようなトンデモ指導が、今日の日本の経済・科学技術の停滞と凋落をもたらしたのでは?
Q33 なぜ、〈被乗数×乗数〉であって、〈乗数×被乗数〉ではないのでしょうか。
Q34 「3個入りの袋が3つ、キャンディーは全部で何個?」という問題で、かけ算の順序はどうなる?
Q35 日本と外国でかけ算の順序が逆なのは、言語の違いによるものでは?

Q00 〈かけ算の順序〉指導とは何ですか?

A00 〈かけ算の順序〉指導とは、小学校算数において採用されている、かけ算をその式の順序を〈1つ分×いくつ分〉の順に固定して教える指導法です。それはかけ算の性質というよりは教え方です。日本や台湾の学校算数では、〈1つ分×いくつ分〉の順が、外国の多くでは〈いくつ分×1つ分〉の順が、慣習的に、標準の順序となっています。

この指導法では、文章題において児童にその順に式を書かせ、逆だとバツや減点にします。採点済みの答案を児童が持ち帰った保護者がその採点に疑問をいだいて、写真に撮ってSNSにアップすることで、顕在化します。これを見た人が、日本の小学校ではかけ算の可換性が否定されていると勘違いして、この採点に激しい反発を見せるので、よく知られています。

〈かけ算の順序〉指導は、ときたま、類似する他のものと誤認され、混同されます。その3つとは、1)文章題の問題文に現れる順にかけ算の式を書くように指導する教え方、2)加減に対して乗除を優先するなどの、計算の優先順位の問題、3)3つ以上の因数からなるかけ算の式において、どの乗号から実行するかの順序、です。


Q01 掛け算の順序を教えることは、学習指導要領で定められているのですか? 要領に書いてあるなら、それは教員ではなく文科省の責任です。逆に、書いていないなら、順序指導を行うのは、違法行為ではないでしょうか。

A01:学習指導要領には、書かれていません。学習指導要領(2019)において、2年のかけ算の学習について書かれているのは、次のことだけです。

(ア) 乗法の意味について理解し,それが用いられる場合について知る
こと。
(イ) 乗法が用いられる場面を式に表したり,式を読み取ったりするこ
と。
(ウ) 乗法に関して成り立つ簡単な性質について理解すること。
(エ) 乗法九九について知り,1位数と1位数との乗法の計算が確実に
できること。
(オ) 簡単な場合について,2位数と1位数との乗法の計算の仕方を知
ること。

学習指導要領は、文科省のサイトにあるPDF版を実際に読んでみるとわかりますが、どの学年でどんなことを学習するのかということの概要しか書かれていません。それはいわば骨格だけなので、それをどう肉付けするか、どう具体化するかは、学校や教科書会社、教師に委ねられています。

教室で算数の時間に行われていることで、要領に書いていないことはたくさんあります。たとえば、九九表とか、九九を覚えること、九九の学習を「五の段、二の段、三の段~九の段、一の段」の順に学習すること、などです。

順序指導もこの具体化のレベルに属しているので、順序指導をすべきかどうか、してよいかどうか、について、指導要領本体から引き出すことできません。指導要領は骨格にすぎないので、そこに順序指導について書いていなくても、順序指導が禁止されている、順序指導をしたら法令違反だ、ということにはなりません。

学習指導要領とは別に、その解説を文科省は出しています。2020年度施行の要領の解説には、「ここで述べた被乗数と乗数の順序は、「1つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。」(2019 p.115)と書かれています。順序は大切なのです。

だが、その直後には「一方、乗法の計算の結果を求める場合には、交換法則を必要に応じて活用し、被乗数と乗数を逆にして計算してもよい。」と書かれています。これは、文章題の立式(最初に立てる式)では順序に従い、その後の計算では、とくに順序に従わなくてもよい、ということです。

文科省初等中等教育局教育課は,「掛け算の意味を理解させるように定めているが,順序については国が定めるものではない」(中日新聞 2012/11/05 p.6)としています。文科省は,〈掛け算の順序〉論争に対しては,中立的な立場のようです。


Q02 レゴの解説書には、使うブロックの数が、タイプ別に3×などと表記されていました。外国ではかけ算の式は、日本の算数とは逆になっていることが多く見られます。これは、〈被乗数×乗数〉の順に式を書かないとバツにする採点は間違っている、ということではないでしょうか。

A02 外国の多くの国で、かけ算の標準的な書式が日本の算数とは逆である、というのはご指摘の通りです。九九の3の段が、1×3, 2×3, 3×3, ...9×3と並んでいたりします。1人100m4人全員で400mを走る400メートルリレーは、英語では、"4x100 Metres Relay"で、この英語表現を日本語にそのまま移植した「4×100mリレー」という直訳的な日本語表現を、テレビ報道ではよく見かけます。日本国内でも、学校教育の外では、レシートなどが数量×単価の順になっている、といようなことがあります。

〈かけ算の順序〉指導は、〈被乗数×乗数〉の順序がかけ算の性質だと主張するものではありません。ただ、日本の算数教育において、〈被乗数×乗数〉の順に書く習慣がある、ということです。それは一種の慣習的な書式です。会社によって、業界によって、伝票の書式が違うことは、普通にあります。

〈かけ算の順序〉指導は、また、教え方でもあります。〈1つ分×いくつ分〉の順に固定してかけ算を教える手法です。一つ分といくつ分とでは意味が違うので、それが理解し意識できるように、順序を固定して教えるです。教え方は国によって違っても、おかしくありません。一方が正しく、他方が間違いだということではありません。

かけ算の式を順序が逆であることを理由にバツにする採点は、日本の算数の〈かけ算の順序〉が普遍的である、世界中で通用する、と言おうとするものではありません。ただ、日本で標準となっている順序に書いたときに式がどうなるかを問われているのに、その指定の順序で書いていないので、バツになった、ということです。



Q03 かけ算文章題の式を〈1つ分×いくつ分〉の順に書く、小数筆算で小数以下のゼロを抹消するなど、教師が勝手に考えた、問題文に書かれていない俺様ルールを、児童に忖度させるべきではないのでは?

A03 児童はテストを受ける前に、授業中の板書やノートで、そして、宿題のドリルで、同様のタイプの文章題を解いていて、もしかけ算の順序が違っていれば直されていました。授業に参加していて、よく聞いていた児童にとっては、かけ算の式を〈1つ分×いくつ分〉の順に書く、というのは、既知の事項です。だから、児童にとっては、教師がどんな独自ルールを設定しているのかを、テストになって推測する必要は、ないのです。

それでも、逆順に式を書いてバツにされるのは、文章題文章中に現れる順序でいくつ分の数が最初に出てくるのに誘導されてしまうからです。とくに低学年の児童は文章を解析する能力が不十分で、文章中の数の出現順序に、誘導されやすいのです。実際、ネットにアップされるほとんどのバツ採点答案が、文章中の順序でいくつ分が先に出てくる逆順文章題です。

保護者は授業に出ていませんし、授業でそのように指導されていることが、わかりません。疑問に思って、答案を写真にとり、ネットにアップすると、保護者以上に授業の文脈を知らないネットユーザーの誤解に晒されます。そのようなテストは、授業の一環として行われたものであることを認識する必要があります。

〈かけ算の順序〉は戦前から行われているかけ算指導法で、小数点以下のゼロを抹消させるのも、遅くとも1970年代から行われていて、その担任教師がたまたま思いついたり密かに考えて作ったりしたものではありません。〈かけ算の順序〉もゼロ抹消も、【俺様】ルールではありません。


Q04 長方形の面積は〈縦×横〉で求めますが、長方形は90度回転すれば、あるい、横から見れば、縦と横は入れ替ります。直方体の体積を求める〈縦×横×高さ〉も同様です。順序を固定することはもともとできないのでは?

A04 平面図形や立体図形を自由に回転させることができる能力というのは、訓練によってはじめて身につきます。小2の児童にとって、縦4cm横8cmの横長長方形と、縦8cm横4cmの縦長長方形は、別の図形と認識されます。小6も、180度回転である点対称に手こずっています。面積や体積を求めるときも、小学生は、設問に描かれた平面図形・立体図形を、回転させません。

〈横×高さ〉でバツになることがあるのは、教科書にあるような〈縦×横〉という公式に従って書いていないためです。〈横×高さ〉なのか〈縦×横〉なのかは、慣習的に決まっていることです。同じことは、〈底辺×高さ÷2〉や、〈基準量×割合〉の公式でも言えます。

式の最初の形を公式に従って書かないとバツになることは、学校算数では、よくあります。学校では、さまざまなものが、公式を使って(なぜその公式なのかという理由も含めて)教えられています。

公式通りの立式が求められるのは、単に計算結果を尋ねているからではないからです。縦5m、横11mなどの数値が入った長方形が描かれていて、その面積を求める問題は、1)計算が正しいかどうかだけではなく、2)授業で、それが導かれた理由も含めて学んだ公式が頭に入っているかどうか、3)単位が正しいかどうか(55cm^2とか56mとかなっていなかどうか)、などが同時に問われているからです。

長方形の場合は、どれが縦でどれが横であるかわかっていることをチェックする価値はあまりありませんが、立体の場合は、見取り図を読み取る能力が試されています。三角形の求積公式における〈底辺×高さ〉であったら、4)その図形のどこの部分が底辺で、どの部分が高さであるのか(高さを辺の長さと勘違いしていないかどうか)がチェックされます。

〈基準量×割合=比較量〉という公式における比較量と基準量についても、同様で、これを正しく使うには、文章題に与えられているのが、基準量なのか比較量なのかわかっていないといけません。この意味でも、公式通りの立式が求められます。いったん立式したあとの計算では、必要に応じて、交換法則などを用いて順序を変えるなど、計算を楽にする工夫はしても、問題はありません。

かけ算の文章題で、式が逆だとバツになるのは、〈1つ分×いくつ分=全部の数〉という公式(ことばの式)に従って立式できていないからです。順序問題は公式の問題とつながっています。



Q05 どれが1つ分でどれがいくつ分かは一意に決められないのでは?「3日間連続のイベントに、4人のアルバイトを雇って、毎晩帰りのタクシー券1人1枚渡すとき、タクシー券は全部で何枚必要?」(注1)という文章題の正しい式は、4×3ですか、それとも、3×4ですか。

A05 1つ分の数といくつ分が決めるのが難しいかけ算文章題は、存在します。そのイベントの文章題はまさに、その例です。それは、日を基準とすれば1日あたり4人分4枚が3日間分なので4×3ですが、人を基準とすれば、1人あたり3日間分3枚で、それが4人分必要なので、3×4です。どちらの解釈も同じ程度に可能です。というより、その文章題は、そのように、1つ分がどちらでも解釈できるように、意図的に作られていると思います。この場合は、順序を理由にマルバツをつけることはできません。

「イチゴ味、ミカン味、メロン味、パイナップル味の4味をそれぞれ一個ずつ詰めたキャンディの袋が3つあります。キャンディは全部で何個?」という文章題でも、同様です。味を単位とすれば3×4ですし、袋を単位とすれば、4×3です。

順序は手段にすぎません。このようなときは、順序で1つ分といくつ分の理解を問えないので、順序を問わなければよいのです。逆に、もし順序を問いたいなら、このような、一つ分について解釈が拮抗する曖昧な文章題は出さなければよいのです。
 
教え方(手段)にすぎない順序を、かけ算の性質であるかのように実体化してしまうならば、それは、自由派であろうと順序派であろうと、間違っています。


Q06 〈かけ算の順序〉のような無意味なルールに従わされる今の子どもたちは、とてもかわいそうではないでしょうか。いつのまに、日本の算数教育はトンデモ化してしまったのでしょうか。誰の陰謀でしょうか。

A06 〈かけ算の順序〉指導のことをはじめて知ると、ほとんどの人は、自分が小学生のとき順序固定で教わったことはすっかり忘れていますので、最近の現象だと思いがちです。そのために、「いつのまに算数教育は悪くなってしまったのか」「今の子は可哀想だ」などという言葉が聞かれます。

しかし、たとえば、1930年に東京市が実施した学力テストの報告書に書かれている採点基準によると、かけ算の文章題の逆順式は、全部バツでした(注2)。順序指導を受ける子どもたちがかわいそうだとは思いませんが、もし、かわいそうだとすれば、今生きているほとんどの日本人が、かわいそうだということになります。


一般的に言えば、昔から行われている、というだけでは、正しいとは言えません。ただ、実際に使われて長年試されている、そうした実地使用に耐えてきている、という強みはあると思います。自由派は批判しているだけで、対抗理論を打ち出すことはほとんどありませんが、かりにあっても、実際の指導経験に裏打ちされていないので、机上の空論となるでしょう。

順序指導を批判する自由派も含めて、多くの日本人は、順序指導を受けて、数学を学んできました。順序指導はかけ算の指導法の1つなので、それがないとかけ算が理解できなくなるというものではありません。しかし、自由派も、自身の高等数学的なかけ算理解を獲得する過程の初期の段階で、おそらく、習得したものなのです。ただ、だいぶ前に乗り越えてしまい、そして、忘れてしまっているだけです。恩知らずです。


Q07 「3つの袋があり、どの袋にも4つ詰めるとき、キャンディは全部で何個必要?」という文章題で、1つ目の袋にまず1個、2つ目の袋に1個、最後の袋にも1個入れます。これを1周目とすれば、2周目では、2つ目のキャンディをすべての袋に詰めます。4周することで、最後には、どの袋にも4個詰められます。1周に3個ずつのグループを4つ作れるので、〈1つ分×いくつ分〉の順に書けば、式は3×4になり、これもマルになるのでは?

A07 これは、いわゆるトランプ配り(カード配り)ですね。トランプ配りをすれば、そのような解釈も間違いなく可能になります。こう解釈することで、いくつ分と思われた袋の数3は一つ分に、一つ分と思われた各袋のなかのキャンディの数4は、いくつ分になります。つまり、一つ分といくつ分が逆転します。

そのような解釈が間違っているとは思いませんが、しかし、非現実的です。というのも、小学生は事物に即して物を考えるので、問題文中にトランプ配りの様子を叙述するなどの誘導がないと、そのような解釈をしないからです。その解釈は、〈かけ算の順序〉論争の自由派が順序派をやり込めるために出してくるもので、大人でも、論争に参加していない限り、思いつきません。もちろん、説明されれば理解はできますが。

トランプ配りのようなことは、1個2個と数えられる量(分離量)では比較的容易ですが、連続量になると、とたんに、難しくなります。むずかしても、可能と言えば可能です。たとえば、47円の消しゴム4個を買うときに、47回の分割払にして、1回につき4円ずつを支払うならば、式は4円×47回になります。しかし、そのような曲芸的な解釈を小学生が思いつく可能性を考える必要はありません。

同数グループがあったとき、各グループの構成員数が一つ分で、その文章題では、各袋のなかのキャンディの個数4です。小学生がするドリルや確認テストのなかの文章題では、文章のなかでそのように「4個ずつ」などと一つ分として与えられているものを、ちゃんと一つ分として把握できているかどうか、が試されています。いくつ分についても同様です。

小学生はどうしても、数の意味を理解せずに、文章に現れる数をともかくも、習いたての九九で掛けて答えを出そうとします。そうではなく、〈1つ分×いくつ分〉というかけ算の構造の理解が重要なのです。


Q08 かけ算には順序はない、つまり、交換法則が成り立つので、順序を理由に式をバツにするのは、交換法則を否定している点で、数学的に誤っているのでは? 数学的に正しい式を不正解とするものではないでしょうか。

A08 「3つ袋があり、各袋に4つずつ詰めるとき、キャンディは全部で何個?」という文章題で、逆順式3×4がバツになるのは、「〈1つ分×いくつ分〉の順に式を書きましょう」という指示に従っていないからです。そのバツは、けっして、交換法則を否定するものではありません。

それは、「3と4の公倍数を【小さいほうから3つ】書きなさい」という設問で、【小さいほうから3つ】という解答書式上の指示に従わずに24から4つ書けば、バツになるのと同じです。そのような設問を作ったからと言って、そしてまた、そのような採点をしたからと言って、3と4の公倍数が3つしかないと主張していることにはなりません。【小さいほうから3つ】は、公倍数の性質ではなく、解答書式上の指示にすぎないからです。

かけ算の文章題の場合も同じです。書かれていませんが、そこには、【かけ算の式は〈1つ分×いくつ分〉の順に書きましょう】という、解答書式上の指示があるのです。【答え欄の答えには単位・助数詞を付けましょう】というのも、書かれざる指示です。しかし、この順序の固定は、かけ算の性質ではありません。それは数学的なものではなく、教育的なものです。数学的なものではないので、「数学的に誤り」であることも、「数学的に正しい」ことも、ありえません。


Q09 式逆でバツを付けられた児童は、数学が嫌いになってしまうのではないでしょうか? その数学的才能の芽を潰されてしまうのではないでしょうか。

A09 かけ算の式の順序が逆でバツになった小学生が、数学が嫌いになるという証拠はありません。そのように言ってツイッターなどで騒いでいるのは大人であり、子どもではありません。大人は、〈因数×因数〉タイプの対称的なかけ算の概念をすでに獲得していますから、そのかけ算の可換性を、子どもにいわば「感情移入」してしまい、もし自分だったら、数学が嫌いになるであろうと、無意識に推測しているだけです。しかし、子どもはまだ、〈因数×因数〉タイプのかけ算の概念やそのかけ算の固有な可換性の感覚、つまり、「順序はどうでもいい」という感覚を獲得していないので、実際に、それが原因で数学が嫌いになることはありません。

以前に、ツイッターで山田さんという人が、数学が嫌いないし苦手になった理由を応募しました。その理由のなかには、三角関数だとか、負の数だとか、ベクトル・複素数だとか、文字式だとか、サイン・コサイン・タンジェントだとか、微積分だとか、因数分解だとか、証明の意味だとか、公式の丸暗記だとか、2次関数だとか、文章題だとか、2次関数の場合分けだとか、2次関数だとか……

他には、3次方程式、集合と論理、行列、相加相乗平均、1次方程式、2次関数、虚数、n進法、確率と場合の数、展開・因数分解と絶対値、座標、連立方程式、立体、図形、数列、合同・相似、極限、平方根、動く点P……

小学校の学習事項もありました。割合、暗算、引き算、繰り下がりの引き算、数字、割り算の余り、計算ドリル、3桁の割り算の筆算、九九の暗唱、小数の掛け算・割り算、速さ、百マス計算、分数やその乗算・除算……

回答者の1人青茶氏は、掛け算の順序と動く点P、反比例を挙げています。(2018/05/24 23:07)。掛け算の順序を理由として挙げたのは、この人くらいです。しかし、アンケートが示すように、数学のありとあらゆる事項が、数学嫌いと苦手の原因となりえます。かけ算の順序はその1つにすぎません。もし、数学が嫌いになるから無くせというのなら、算数と数学の全体を無くさなければなりません。


Q10 かけ算の順序が、一つ分×いくつ分というかけ算の仕組みを理解させる手段だとしたら、4個/袋×3袋=12個のように、式に単位・助数詞を付けさせれば、4と3のどちらを単位あたり量、他のどちらをいくつ分と見なしているのかがわかるので、順序は不要になるのではないでしょうか。
4個/袋×3袋=3袋×4個/袋=12個

A10 単位・助数詞を付けさせれば、一つ分といくつ分を区別させることはでき、順序は不要になるのは確かです。しかし、順序でも、同じことは可能です。個/袋のような一あたり量は、乗号の前に置くと、定めておけばよいのです。

小学生に単位・助数詞を付けさせることには、問題があります。まず、個/袋のような組立単位が使えるようになるには、分数の約分の知識が必要です。しかも、(数ではなく)単位・助数詞の約分をするためには、

2xy^2/xy = 2y

のように、単項式の割り算も学習していなければなりません。でも、分数の約分は5年で、単項式の割り算は中学数学で学ぶというのに、かけ算はすでに小2から学習しています。組立単位の使用は、小学生には高度すぎます。

個/袋×袋=(個×袋)/袋
=(個×【袋】)/【袋】
=(個×1)/1
=個

昔の算術書や教科書で採用されていた単位・助数詞の付け方があります。それは、単位を被乗数と答えに付けて、乗数にはつけないやり方です。

4個×3=12個

このやり方では、なぜ、「個」は書くのに、「袋」はかかないのか、ということが児童にはわからないと思います。しかし、次のような指導法はあります。「何個?ときいているでしょう、だから答えは12個、単位のサンドイッチの規則で、乗号の前が個。個と付いているのは4だから、4を前に置く」。

でも、単位・助数詞をつけていたこの時代にも、かけ算の順序は固定されていました。式に単位をつけることと、かけ算の式の順序を固定することは、仲良く同居できるのです。だから、単位・助数詞を書いても、〈かけ算の順序〉指導はなくなりません。算数教育の歴史がそれを示しています。


Q11 もしかけ算の式が〈1つ分×いくつ分〉となるのだったら、5×2×3のように3つの因数がある掛け算はどうなるのでしょうか。どれが被乗数(かけられる数)で、どれが乗数なのでしょうか。

A11 5×2×3のような式は、それだけでは、文章題のような文脈がないので、意味はあまり重要ではなく、どれが1つ分の数で、どれがいくつ分の数かは決めなくてもよいと思いますが、あえて言えば、乗号の前が1つ分で、後がいくつ分です。5×2の5が被乗数で、2が乗数です。では、5×2×3のように数字が3つあるかけ算は、どうなるのでしょうか。

算数の教科書に、「円い箱が2つずつ入った四角い箱が3箱あり、円い箱にはお菓子が5個ずつ入っているとき、全部でお菓子は何個?」という文章題があります。考え方は2つあります。

1)まず、四角い箱のなかのお菓子の個数を5(1つ分)×2(いくつ分)=10で求めておいて、次に、四角い箱に入ったお菓子の個数を1つ分として、3箱分なので、それに3(いくつ分)をかけます。式は、
(5×2)×3=30

2)もう1つは、まず、丸い箱の数を求めます。円い箱は四角い箱に2つずつあり、四角い箱は4つですので、2(1つ分)×3(いくつ分)で、6箱あります。円い箱1つには、お菓子が5つ入っていますので、5(1つ分)×6(いくつ分)で、30個と求められます。式は
5×(2×3)=30

このように、〈1つ分×いくつ分〉を入れ子式に重ねることで(まさに、その二重の箱のように)、3つの数のかけ算の式でも、解釈が可能です。

また、ここから結合法則が成り立つとがわかりますので、校舎脇の木の高さは、高さ2メートルの雲梯の3倍、校舎の高さは木の2倍であるとき、結合法則から、校舎は雲梯の6倍であることがわかります。


Q12 「かけ算に順序がある」だけでなく、「倍数にはゼロは含まない」「正方形は長方形ではない」といったような、数学的な誤り、つまり、嘘でたらめ、が教えられている日本の算数教育は、トンデモではないでしょうか。

A12 倍数にゼロを含めるのか含めないかは、定義の問題にすぎず、どちらの定義が間違っているということはありません。算数での定義は、自然数の範囲で考えられてきた倍数の伝統を継承するものです。高校になると、倍数はゼロと負の数へと拡張されます。

また、算数では、「正方形は長方形である」とも「ない」とも教えられていません。図形の包摂関係は、以前に小学校で教えられましたが、理解できない児童が多数いて、その反省から、教えられなくなりました。児童は、教えられてないとき、自然言語の用法やイメージに基づいて、正方形と長方形の関係を理解しています。

「かけ算に順序がある」という表現は、「順序」という言葉が何を意味するのか曖昧です。算数で、〈因数×因数〉の抽象的な掛け算は小学生には難しいので、〈1つ分×いくつ分〉や〈基準量×倍(割合)〉で定義される非対称なかけ算が教えられていることは確かです。この非対称性を「順序」と呼ぶなら、小学校で学ぶかけ算に順序はあります。

この定義では、〈1つ分×いくつ分〉、〈いくつ分×1つ分〉という2つの順序が考えられます。しかし、日本の算数で〈1つ分×いくつ分〉と書かれている式は、アメリカやドイツ、ブラジルなどの算数教育では、〈いくつ分×1つ分〉の順に書かれている、という意味では、順序はありません。

〈かけ算の順序〉指導は、教える内容というよりは、教え方です。教え方は適切かどうかは問えますが、嘘か真実か、ということはありません。それは、「かけ算の式は〈1つ分×いくつ分〉の順に書きましょう」という解答書式上の指示です。指示そのものについて、真偽を問うことはできません。「窓を開けて下さい」という指示について、窓が閉まっている事実を根拠に、その指示は嘘だと言うことはできません。

「日本の算数教育は、すべてがトンデモ化していて、信頼性がまったくない」と言って、大げさに騒ぎ立てる人は、なぜ、それが、たとえば、日本人の数学的能力の国際的な低さなどとして顕在化しないのか、考えてみるべきです。なぜ、PISAの成人数学力の調査で日本が1位なのか、なぜPISAやTIMSSの国際的な数学テストで、日本の小中高生が最上位の成績を収めているのか、について、釈明が求められると思います。



Q13 〈かけ算の順序〉によれば、電力を求める式〈電流×電圧〉と〈電圧×電流〉、運動量を求める式〈質量×速度〉と〈速度×質量〉、積分"f(x) dx"と"dx f(x)"、「A, B, C, D から2つ取って並べる方法は何通り?」の問題を解くかけ算"4×3"と"3×4"、のどちらが正しいのでしょうか?

A13 〈かけ算の順序〉は、日本の学校算数で行われているかけ算の指導法なので、第1に、小学校で扱わないような事柄については、かけ算を使う場合でも、小学校で習う順序は、関係がありません。第2に、〈かけ算の順序〉は、小学校で習うかけ算、つまり、〈1つ分×いくつ分〉とか〈基準量×倍(割合)〉とかいった非対称なかけ算の指導法なので、〈因数×因数〉タイプの対称的なかけ算には、適用できません。

小6の教科書には「場合の数」の単元があります。場合の数を求めるときに使うかけ算は、元来は〈因数×因数〉タイプのものだと思いますが、小学校では、樹形図や多角形などを使って、漏らさず重複せずにすべてを列挙することが目指されていて、かけ算の式は見つかりません。
 
質量×速度(mv)は、次元数×次元数のかけ算であり、このかけ算は対称的な〈因数×因数〉タイプに分類できます。この対称的なかけ算は、算数では、基本的には、扱われません。mvは、慣習的にvmではなくmvと書くことが多い、ということはあるかもしれませんが、それは算数での〈かけ算の順序〉とは関係がありません。

〈1つ分×いくつ分〉は、伝統的には、〈被乗数×乗数〉でした。古い算術では、被乗数(かけられる数)は名数または無名数、乗数(かける数)はつねに、無名数でなければならない、とされていました。というのも、7kgの重りが4つあるとき、4つは4mでも4kgでもない。ただの4だからという理由からです。

被乗数が名数の場合
7kg+7kg+7kg+7kg =7kg×4 =28kg

名数は、単位・助数詞が付くような数、無名数はつかない数です。無名数に何かつくとしても、「倍」とか「回」とかで、単位ではありません。7kg×4mのように、乗数が次元をもったかけ算は、算術のなかでは、不合理とされたのです。

算数で、〈被乗数×乗数〉タイプに属さないかけ算は、長方形の面積を求めるときの縦×横と、道のりを求める時の〈速さ×時間〉くらいです。それぞれ、〈被乗数×乗数〉に還元されています。

縦×横については、長さと長さという2つの次元から、面積という新しい次元を作り出しているのではなく、あくまで、1cm^2の単位正方形がいくつから構成されているか、ということから考えられています。


速さについては、道のりと時間という2つの次元を組み合わせて創られた新しい次元ではなく、ある条件のもとにある道のりとして、理解されています。それは、定速で移動するものについて、単位時間あたりに走る道のりを表しています。このように理解されたとき、秒速7m×4秒のかけ算は、リンゴが7個載る皿が4枚ある、というのと同じ構造をしています。ですから、

7m+7m+7m+7m =7m×4 =28m

です。つまり、〈被乗数×乗数〉と同じ図式で考えられています。



Q14 中学受験でも〈かけ算の順序〉を守ったほうがよいのでしょうか?

A14 中学受験の答案というのは、本人や保護者に返却されないので、保護者がネットにアップするということもありません。だから、全体で何点であったかは知ることはできても、個々の問題がどのように採点されたのか、は本人・保護者・ネットユーザーたちには、わかっていません。

しかし、順序は気にしないでいいでしょう。というのも、第1に、〈かけ算の順序〉というのは、小学校算数におけるかけ算指導法なので、中学の教師が採点するテストにおいて、そのような採点基準が採用されているとは考えられないからです。

式の順序が逆でバツになっている採点答案の写真がネットにアップされているのをみると、そのほとんどか、授業で実施されている単元テスト(カラーテスト)やドリル、プリントなどです。これらのテストは、授業でやったことができているかどうかをチェックする確認テストであり、授業者と採点者が同じで、その採点は、授業に依存する度合いが高く、テスト前の授業中に書いた板書やノート、宿題のドリルやプリントなどと、採点基準が同じです。授業中にかけ算の式の順序を直されていたなら、テストでもバツにされて、やり直しです。

第2に、適性型の試験以外では、試験の解答用紙には、多くの設問で、答えだけ書けばよいからで、式を書く式欄がないからです。



Q15 〈かけ算の順序〉指導は、かけ算の交換法則を中学で習ったらもう不要ですよね? 順序指導は法則を学ぶまでの一時的なものですよね?

A15 たしかに、「交換法則」という用語は、中学ではじめて学びますが、かけ算を習い始める小2のうちに、九九表に発見できる規則性として、かけ算の交換法則は実質的に学習します。「被乗数と乗数を交換しても答えは同じ」なのです。3年ではその法則の妥当範囲が整数全体に、小4で小数に、小6で分数に(そして中1で負の数も含めた有理数全体に)拡張されます。

では、〈かけ算の順序〉指導は、かけ算を学び始めて、数ヶ月も経たないうちに終わるのかというと、そうではなく、中学年・高学年でも見られます。というのも、交換法則というのは、乗号の前後の数の交換が結果に影響しない、と言っているだけで、いつでも自由に交換できる、という意味ではないからです。

結果が同じなら、自由に言い換えてもよいと思われるかもしれません。たしかに、算数でも、計算では、結果が重要なので、そうです。しかし、文章題のように意味が重要なところでは、意味が合うものを適切なものとします。

というのも、算数では、かけ算を〈1つ分×いくつ分〉という非対称で固定した図式を用いて教えますので、3×4は3個のものから成るまとまりが4つ、4×3は4個の3つを意味します。たとえば、「3つのふくろのどれにも4個入っているとき、キャンディーは全部で何個?」という文章題の式は、4×3であり、3×4は意味が違います。

〈1つ分×いくつ分〉は、小学校で学ぶかけ算の基本型で、これは、中学年や高学年で、〈単価×数量〉や〈容器容量×容器数〉、〈基準量×割合〉、〈速さ×時間〉などへと展開・発展していくものです。これらはすべて〈1つ分×いくつ分〉と同型なので、その同型性を容易に見抜けるように、順序を固定するのです。



Q16 「かけ算の順序を固定するのは、文章中の数を意味も考えずに掛けて答えを出そうとする児童がいるから」というのであれば、文章題にダミーの数や他の演算に必要な数を入れておけばよいのでは?

A16 ダミーの数字を入れた文章題、かけ算以外の演算が同時に必要になるような文章題は、教科書にも載っています。そのような設問は、もちろん、より難しい応用的な問題なので、最初から出すわけにはいかず、その段階になるまでは、数字が2つしか出てこない単純なかけ算文章題を解くことになります。どんな学習も、最初は、単純なものから始めます。単純で簡単なかけ算文章題は、避けることが困難です。

ダミーの数字を入れたり、他の演算(足し算、ひき算)が同時に必要になるようにしたりすれば、児童は、かけ算に必要な2つの数字と、必要ではない、あるいは、他の演算に使う3つ目の数とを判別しなければなりません。ですから、このような文章題は、児童が数の意味に無頓着になってしまうことに対する牽制となることは確かです。

しかし、この方法では、肝心かなめの、1つ分といくつ分の識別ができているかどうかがわかりません。


Q17 長方形が斜めに傾いて描かれているとき、その面積を求める式は、どうなるのでしょうか?

A17 算数では、公式に従った立式がしばしば求められます。比較量を求める割合文章題なら、式は「基準量×割合(小数に直された百分率)」です。順序派の教員でも、長方形の面積では順序を問わない人も多いのですが、しかし、「縦×横」の順に式を書くことが求められることも、めずらしくありません。

もし、画像のように、描かれている長方形が斜めに傾いている場合は、どちらが縦で、どちらが横なのわかりません。傾きをどちらに倒して、どちらの辺を縦に、他のどちらを横にするかは、児童にまかされています。順序で公式通りの立式かどうかは判断できず、順序は採点の基準にはなりません。傾けて描かれているのは、明らかに、順序は問いませんよ、という意思表示なのです。



同様のことは、直方体の体積を求める場合も同様です。直方体の見取り図では、高さについては曖昧さはなくても、描き方によっては、どちらが縦(奥行き)で、どちらが横(幅)かがわからないことがあります。その場合は、縦×横×高さの縦と横については、順序は問われるべきではありません。

見取り図で、直方体が頂点の1つを支点にして立っているように描かれているとき、あるいは、直方体が不規則に回転している動画で示されているとき、縦とか横とかいった概念自体が使えません。

順序は、高さだとか底辺だとか基準量だとかいった、公式を構成する概念がわかっているかどうかを確認するための手段にすぎません。順序が手段として使えないときは、使わなければよいのです。


Q18 「かけられる数」「かける数」とは何でしょうか? 何かの宗教に由来するいかがわしい概念ということはないでしょうか? それらは「1つ分の数」「いくつ分」とどう違うのでしょうか?

A18 教科書では、「かけられる数」「かける数」は、次のように、簡単にしか説明されておらず、乗号の前がかけられる数、後がかける数、ということくらいしか読み取れません。


かけ算は、伝統的には、同数累加の簡略算と定義されてきました。4+4+4+4+4のように、同じ4を繰り返し足すとき、繰り返される数4と繰り返しの回数5を使って、4×5と短く表現するのか、かけ算なのです。このとき、繰り返しの対象となる数4を被乗数、繰り返しの回数5を乗数と言います。「被乗数」と「乗数」は、英語では、それぞれ、"multiplicand", "multiplier"で、小学生向けの大和言葉表現では、それぞれ、「かけられる数」「かける数」となります。

日本の算数では、1980年代以来、かけ算の定義に、「1つ分[の数]」「いくつ分」が使われてきました。「かけられる数」「かける数」は、元来、かけ算は同数累加の定義の構成要素です。この定義ですと、かけ算は独自な演算というよりは、足し算の式表現の1つの特殊な場合にすぎません。つまり、それは数式の表現の仕方の問題にすぎません。

これに対して、1つ分といくつ分は、同数累加の、事物における対応物です。4×3 =4+4+4は、それに対応する事物で言えば、4個入りのキャンディの袋が3つある、ということです。つまり、式における同数累加は、事物における同数グループに対応しています。小学生は演算のような抽象的なものを、具体的な事物に基づいてこそ理解するので、〈1つ分×いくつ分〉のように事物に焦点をあてた定義のほうが、〈被乗数×乗数〉よりも、学習上はよいと言えます。


「1つ分」「いくつ分」の導入で、「かけられる数」「かける数」の用語が教科書で使われなくなったわけではなく、たとえば、九九表は左縁縦に上から段数1,2,3と並んでいますが、これが「かけられる数」となっていて、上縁横に、「かける数」が並んでいます。交換法則も、「かけられる数とかける数を交換しても答えは同じ」と、この用語を使って定式化されています。東京書籍では、4年の教科書にも5年の教科書にも、中1の数学教科書にも、使われています。


Q19 文章題では、式欄の式に、問題文(文章題文章)に出てくる数字しか使っていけない、などというようなルールがあるのでしょうか?

A19 一般的に言えば、そのようなルールはありませんし、式を書かなければならならい理由さえありません。しかし、児童・生徒が先生について学んでいる学校では、事情が違います。

小学校では、ドリルは、授業で学んだことを確実にするためのもの、単元テストはそれが習得できているかどうかをチェックするためのものです。小学生は、学校で、四則演算について、筆算などの計算アルゴリズムだけでなく、問題文からどのように式を立てるのか、つまり、式の立て方も学びます。計算問題では計算の正確さや速さしか問われませんが、文章題は総合的で、計算の正しさだけでなく、立式も問われます。だから、答え欄だけでなく、式欄も用意されているのです。

式が書いてあれば、教師は、その児童が、文章題文章からどのように立てたのか、ということが、ある程度、推測がつきます。間違っていたとき、その原因が、文章の不完全な読解なのか、立式の間違いなのか(割り算なのにかけ算を使っている)、計算ミスなのか、がわかります。原因を診断できれば、それを「治療」に生かせます。このことのために、問題文にある数字しか使えないというルールがあるのです。

問題文にある数字しか式に使えない、というのは、あくまで、原則で、「2ダースの鉛筆は本数では何本?」、「太郎と花子と次郎のおのおのに4個みかんを配るとき、みかんは全部で何個必要?」といった場合に、それぞれ1ダース12本の12、太郎と花子と次郎のあわせて3人の3は、問題文に直接でてきませんが、1ダースは12本といった知識を使って、文章から引き出さなければなりません。


Q20 小学校で〈かけ算の順序〉が教えられているのは、大学で、行列積やベクトルの外積、直積集合などの非可換なかけ算を学ぶのを見越してのものなのでしょうか?

A20 違います。行列のかけ算やベクトルの外積、直積は非可換で、掛ける順序を替えると、結果が違ってきます。この意味での順序、結果に影響する順序(順序A)は、算数で習うかけ算にはありません。順序派の教師も、被乗数と乗数を交換しても答えは同じだと、教えています。

では、〈かけ算の順序〉とは何かと言えば、結果ではなく意味に影響する順序(順序B)です。かけ算を〈因数×因数〉で考えているかぎり、この意味での順序も、かけ算にはありません。しかし、〈因数×因数〉は小学生には抽象的すぎるので、算数では、かけ算は〈1つ分×いくつ分〉で導入します。

かけ算の式を〈1つ分×いくつ分〉の順序で書くことにしたとき、3×4と4×3は、計算結果は同じ12ですが、3×4は3個のもののまとまりが4つあることを、4×3は4個が3つあることを意味します。順序が違うと、結果は同じですが、意味が違ってくるのです。

かりに、算数での〈かけ算の順序〉と、行列のかけ算などの順序と同じことだとしても、どうして小学校なのでしょうか。大学で学ぶことの準備は、大学の1つ手前の高校になってすればよくて、3つも手前の小学校で学ばなければならない理由があるのでしょうか。



Q21 順序派には、〈かけ算の順序〉指導を、日本語の語順で正当化する人も、大学で行列積など非可換なかけ算を学ぶからと言う人も、子どもの発達段階を根拠に挙げる人もいる。また、かけ算の式の順序を間違えると、「キャンディーの個数を求めているのに、答えが12人になっちゃうよ」と言う人と「3本耳のウサギが2匹になっちゃうよ」と指摘する人もいます。
このように、互いに矛盾すると思われる意見が順序派には多く、この混乱は、順序派が間違っていることの証(あかし)ではないでしょうか? こうして意見の違いを指摘することで、順序派を駆逐できるのではないでしょうか?

A21 自由派にも、1つ分/いくつ分、かけられる数/かける数、の区別を認めたうえで、〈1つ分×いくつ分〉と〈いくつ分×1つ分〉の両方の順序をともに認めるべきだ、という意見の人も、それらの区別自体を求めない人もいます。順序固定を導入時にのみ便法として認める自由派と、最初から「順序はどうでもよい」と教えるべきだ、とする自由派もいます。順序指導は教師に負担が余計にかかるからやめるべきだと主張する人と、手抜きしてかけ算を教える方法だからやめるべきだと主張する人がいます。

このように、自由派内にも、意見の違いがあります。

自由派のあいだに意見の相違があると、意見の多様性を尊重する寛容で合理的な態度ということになり、順序派に意見の相違があると、順序派の主張が矛盾している、ないしは恣意的である証拠、順序派の混乱した思考の帰結、という話になってしまう。これは、ダブルスタンダードというものです。

その時点での1人の人の意見の内部で矛盾や非一貫性、齟齬があれば、その主張は破綻している、と言えるかもしれません。しかし、人によって意見が違うこと、主張内容が違うことは、もちろん、論争や調停を引き起こすことはあるにしても、それ自体は、矛盾でも欠点でもありません。




Q22 かけ算の式を逆に書いた児童は、ただ、〈いくつ分×1つ分〉の順に書いただけで、数の意味は理解しているのでは? 3つの袋のどれにも4個ずつ(3×4)でも、4個入りの袋が3つ(4×3)でも、意味は同じなので、意味が違うという理由でバツにするのは不当では?

A22 テストの設問には、解答書式上の指示、がしばしば伴います。「【小数点第1位までの概数で】答えなさい」「3と4の公倍数を【小さいほうから3つ】書きなさい」など。このような指示は、問題文に書かれているとはかぎりません。【答え欄の答えには単位をつけること】【分数の計算結果は既約分数で】は、書かれていませんが、守らないとバツになります。

【かけ算の式は〈1つ分×いくつ分〉の順に書きましょう】も、そのような書かれざる解答書式上の指示の1つです。順序派の教師は、テストに先立ち、普段から、その順に書かせています。「3つの袋のどれにも4個入っているとき、キャンディは全部で何個?」という文章題の式は、各袋に封入されたキャンディーの個数4が1つ分の数なので、4×3です。

3×4と逆に書いた児童がいたとき、a)もし、それが〈いくつ分×1つ分〉の順に書かれているのなら(ご質問者が念頭においているのは、これ)、意味は正しくとらえられていますが、【順序の指示】に従えていないことになります。b)もし、3×4が〈1つ分×いくつ分〉の順に書かれているのだとすれば、それは3個入りの袋が4つということになり、与えられた文章題とは意味が違っています。

実際には、多くの児童は、a)でもb)でもなく、c)文章題の文章に出てくる数の意味を、そもそも、把握しないまま、式を書いています。数の意味や演算固有の構造に無頓着になっていて、その結果、たいていは、文章題文章に数が登場する順に式を書いています。その順に書くようにと指導されていたことも、忘れているか、あるいは、覚えていても、数の意味を把握できていないので、指示に従うことができないのです。


Q23 式からは児童が何を考えているかはわからないのでは? ましてや式の順序を理由に、題意やかけ算を理解していない、などと判断することは、危険では?

A23 一般に、式だけからは、児童がどう考えて答えに達したかは、完全にはわかりませんが、式が書かれていれば、それは、児童がどう解こうとしたかを推測するための手がかりにはなります。たとえば、式を正しく立てられていないのか(たとえば、割られる数と割る数が逆)、それとも、式は正しく立てられているのに、計算ミスで答えが正しくでていないのかかが、わかります。

かけ算の式を順序で判断するためには、テストに先立って、授業のときから、教師がかけ算の式を〈1つ分×いくつ分〉の順に書くように指導しておくことが必要です。そのような事前の指導そのものを認めない自由派が、かけ算の式の順序から、児童が理解できているかどうかを判断できない、と考えるのは当然です。




Q24 順序を逆に書いた児童は本当に、「3本耳のウサギが2匹いる」と考えていたのでしょうか。教師は、本当に、「児童がそう考えていた」と信じているのでしょうか?

A24 「ウサギが3匹(羽)います。1匹のウサギの耳は2本です。耳は全部で何本?」という文章題で、3×2と逆に式を書いた児童は、文章に出てくる数の意味に無頓着であったか、〈1つ分×いくつ分〉の順に書くという指示を忘れていたか、です。「3本耳のウサギが2匹いる」と考えていたから、式をそう書いたのではありません。

教師は、「それだと、3本耳のウサギが2匹いることになっちゃうよ」と、間違いを指摘することはありますが、これは背理法を使った指摘です。もし、(実際には違うが)あなたが書いた3×2というその式が〈1つ分×いくつ分〉の順に書かれていたとすると、そういう意味になってしまうが、それは題意とも生物学的な事実とも違うよね、という指摘です。



Q25 交換法則を小2で学習したあとも、〈かけ算の順序〉指導がなされているのは、なぜ?


A25 その疑問は、かけ算の順序はかけ算の交換法則(可換性)と矛盾すると考えていなければ、出てきません。かけ算の順序と可換性とは、両立可能です。

さて、数学で使う文字式では、積は4abのように、数字前・文字後の順に書きます。それを習う中1の期末試験で、b4aと書けばバツになるでしょう。しかし、ルールに反してb4aと書いても、その式の値は、4abと等しいことには変わりません。掛ける順序を変えても、計算結果(値、答え)は同じなのです。

算数における順序指導も、式を〈1つ分×いくつ分〉の順に固定して教えるものです。しかし、この順序固定は表現上・表記上のものにすぎず、文字式の場合と同様に、「掛ける順序を変えても答えは同じ」という、かけ算の原理的な性質を否定しません。

矛盾が起こるとしたら、それは、「答えが同じなら順序はいつでも自由に変えられる」と考えるときです。しかし、交換法則の核の意味は、①「乗号の前後の数の交換は計算結果に影響しない」ことにあり、②「いつでも自由に交換できる」というのは、一定の条件のもとで引き出せるその派生的な意味にすぎません。

高学年になっても、文章題の数の意味を把握できず、割合の文章題で、掛けたらよいのか割ったらよいのか、割るとしても、どちらかをどちらで割るのかが分からない児童がたくさんいます。そのような状況では、教師が式を、〈基準量×割合〉の順に書かせて数の意味を意識させようとするのは、自然です。



Q26 外国にも、〈かけ算の順序〉指導はあるでしょうか?

A26 日本に比べると少ないかもしれませんが、あります。このような採点の是非をめぐって、大人たちの論争がいつまでも続く点も、日本と同じです。

下の画像はドイツ圏の例です。標準となる順序は日本とは逆の、〈乗数×被乗数〉です。


次は台湾の例。台湾は日本と同じ〈被乗数×乗数〉の順が標準です。




Q27 かけ算の順序を逆に書いた子は、ただ、英語圏などで標準としている〈乗数×被乗数〉の順序に従って、書いただけでは?

A27 外国で算数で学び始めて、そのあと、日本に移住した子どもたちは、最初、かけ算の式を〈いくつ分×1つ分〉の順に書いてしまうでしょう。外国で当たり前のことでも、日本では当たり前でないことは、多くあります。たとえば、車は左側通行、学校では児童が掃除する、お化粧して学校に来たらいけない、など、日本に特有な慣習や習慣があります。それらに次第になれていくことが大切です。かけ算の順序も同様です。

しかし、そのような、帰国子女や外国人子女の例は一部にありますが、式を逆に書いてバツになった児童のほとんどは、文章題の題意を正しく読み取れず、文章題に出てきた数を、その意味を把握しないまま、できた順に式を立てているだけなのです。




Q28 かけ算で順序が問題になるのに、たし算では、順序が問題とならないのはなぜでしょうか? 小学校の単元テストなどで、式が逆でバツになっているのは、かけ算の文章題でよく見かけますが、たし算では見かけません。

A28 小1のたし算文章題では、順序が逆でバツになることはあり、ネットにアップされたことはもありますが、かけ算に比べると、取り上げられることは、ずっと少ないです。理由はよくわかりません。小1のテストの採点は、とても優しく甘くなっているので、バツになることが少ないからかもしれません。

たし算が適用できる状況の類型のうち、小1にも馴染みで小1が学ぶのは、合併と増加の2つです。「Aさんが金魚を4匹、Bさんが3匹、新しい水槽に入れました。全部で何匹?」は合併、「金魚が4匹いる水槽に、3匹加えました。今は全部で何匹?」は増加です。

とくに、増加タイプの足し算の文章題は、「1)はじめにいくつかのものがあり、2)次に、追加されて多くなり、3)今は全部でいくつ?」というパターンになっています。その場合は、式は文章と出来事の時間的な流れに従って、〈最初の数+増えた分の数=全部の数〉の順に書かれます。逆にすると、バツにされることがあります。

もちろん、たし算の交換法則は、小1ではなく小2においてですが、教えられています。イチゴが箱に14個、ざるに9個あり、ざるのイチゴを箱に入れると、〈初期量+増加分〉、〈足される数+足す数〉の順に従い式は14+9、箱のイチゴをざるに空けると、9+14です。どちらも答え(和、計算結果)は23個で、たし算には交換法則が成り立ちます。しかし、意味は違うので、箱のなかのイチゴをざるに空けたときは9+14=23と書くことが求められています。




Q29 児童が文章題の式を3×4と書く確率と4×3と書く確率は同じくらいなので、児童の半分は、理解していない場合も、正しいとされてしまうのでは?

A29 3×4の解答と4×3の解答が、同じくらいの割合になるという予想は、2つのことを見落としています。1つは、低学年の児童は、文章題に数が登場する順序に強く誘導される傾向があること、2つ目は、順序派の教師は、かけ算の式を〈1つ分×いくつ分〉の順に書くように言っていること、です。児童が書いた式を順序が逆という理由でバツにすることがない自由派の教師も、板書では、教科書と同じ〈1つ分×いくつ分〉の順に書いています。ですから、3×4と4×3は、同じくらいの割合になりません。



Q30 1つ分といくつ分を尋ねたいなら、そのための独立した設問を作ればよく、順序で判断すべきではないのでは?

A30 そのような設問はすでにあります。


しかし、順序でも、もちろん、同じことが確認できます。というのも、順序を設定して式を答えさせるということは、次のような、空欄がある式の空欄を埋めて、式を完成させることと、実質同じことだからです。

□(1つ分)×□(いくつ分)=□(全部の数)

1つ分の数といくつ分がわからない児童は、この式を完成させることができません。順序を設定するとは、このように、乗号の前を1つ分の数のための、後をいくつ分のための席として用意しておく、ということです。




Q31 〈かけ算の順序〉のような高度なことは、あとで学習すればよいのではないでしょうか。小学生の段階で厳密さや正確さを追求しても意味がないのではないでしょうか。

A31 〈かけ算の順序〉は、とくに高度ではありません。〈1つ分×いくつ分〉は、小2が学ぶべきかけ算の基本で、とても重要です。児童はどうしても、文章の演算構造を見ずに、数の意味を把握しようとしないまま、式を立てがちですが、そのレベルから、意味を把握できるレベルに高める必要があります。

このかけ算の仕組みを学ばないでよいなら、ただ計算さえできればよい、ということになりますが、計算しかできない児童は、式を与えられれば計算できますが、文章題ができなくなります。文章題では、文章が表す事態から、演算が適用できる特有の構造を読み取る必要があります。文章題は、数学を現実に橋渡しするもの、生活のなかで数学を使う方法を学ぶ手段です。かけ算を使って解決できる状況に直面したときに、式を立ててことができません。




Q32 小学校の算数で〈かけ算の順序〉のようなトンデモが教えられているようになったので、日本の経済と科学技術は停滞し、そして凋落したのではないでしょうか?

A32 〈かけ算の順序〉指導は戦前から行われていますので、最近の、日本の経済や科学技術の停滞・凋落の原因である、ということはありえません。

大阪の小学校のある保護者が、子どもが持ち帰った、式が逆でバツになった答案について、教員委員会や文部省に、問い合わせをしたことをきっかけに〈かけ算の順序〉論争が起きたのも、戦後1970年代の初頭でした。日本の高度成長期です。



Q33 なぜ、〈被乗数×乗数〉であって、〈乗数×被乗数〉ではないのでしょうか。

A33 これは道路の左側通行・右側通行と同じで、〈1つ分×いくつ分〉の順でなければならない必然的な理由はありません。しかし、だからといって、日本で左側通行を守らなくてよいと言えるでしょうか。守らないのは法規違反ですし、それ以前に、逆走は危険です。ルールを作って、左側通行か右側通行のどちらかで統一しないと、交通が混乱してしまいます。

かけ算の指導も似ています。かけ算は、一つ分といくつ分から全部の数を求める演算として定義され導入されます。一般的に言って、〈1つ分×いくつ分〉か〈いくつ分×1つ分〉のどちらか一方が正しい、ということはありません。しかし、学習上も指導上も、教育的の環境設定としては、一方に統一するほうがよいのです。そのように順序を固定することには、初学者に一つ分の数(被乗数)がどれで、いくつ分(乗数)がどれかが、一目でわかる、という利点があります。逆に、この状況で、順序を不規則に入れ替えながら教えるのは、学習者を混乱させるだけです。

日本の算数教育で、〈いくつ分×1つ分〉ではなく、〈1つ分×いくつ分〉で統一されているのは、日本が明治期に近代的な学制・カリキュラムを確立する際に参照した19世紀の欧米の算術書が、〈被乗数×乗数〉の順を採用していたからです。欧米など多くの国では、20世紀に標準の順序が逆転しました。ここからまた、〈被乗数×乗数〉と〈乗数×被乗数〉のどちらを標準とするかは、使う言語の文法や系統、語順から一意に決まるものではない、ということがわかります。



Q34 「3個入りの袋が3つ、キャンディーは全部で何個?」という問題で、かけ算の順序はどうなるのでしょうか?

A34 式は3×3ですが、1つ分の数といくつ分の数が同じ数3なので、児童が〈1つ分×いくつ分〉の順を意図して書いているとしても、本当にそうなのかは教師にはわかりません。

〈かけ算の順序〉指導は、理解をチェックするための手段です。一定の順序で式を書くように指示しておくことで、文章のなかのどの数が1つ分の数で、他のどの数がいくつ分かということを理解できているのかを判断します。1つ分の数といくつ分の数が同じときは、〈かけ算の順序〉での判定はできません。

手段が使えないときは、使わなければよいのです。もし、順序で判定したいなら、1つ分の数といくつ分の数が違う文章題を出せばよいことです。




Q35 日本と外国でかけ算の順序が逆なのは、言語の構造の違いによるものでは? 日本では〈被乗数×乗数〉の順が、アメリカやドイツ、ブラジルなどでは〈乗数×被乗数〉の順でかけ算の式で書かれるのは、式を読んだときの、言語的なすわりのよさによるものではないでしょうか?

A34 19世紀の欧米の算術書は、日本の算数と同じ〈被乗数×乗数〉の順に式を書いていました。日本が明治期に、西洋の算術を受容した際に、いっしょに、この順序も受容したのです。ところが、欧米の多くの国では、20世紀に、かけ算の標準的な順序が、〈乗数×被乗数〉に変わったのです。

つまり、日本の学校算数で使われている〈被乗数×乗数〉の順序は輸入物であり、欧米では、20世紀に、標準的順序が逆転しています。これは、言語とかけ算の順序が、単純に対応するものではないことを意味しています。

では、言語と無関係かと言えば、そうではないでしょう。というのも、欧米の算術で順序が逆転したのは、子どもも話す日常的自然言語で式を読ませることを重視する傾向が高まったせいです。"three times four"や"3 groups of 4 candies"のような表現で式を読めるように、順序を〈乗数×被乗数〉に変更したのです。

日本語では"three times four"のような表現をしないので、式を逆にする理由がありませんでした。また、〈被乗数×乗数〉の順序は、輸入物でしたが、結果的に、日本語にフィットしたのかもしれません。たしかに、日本語では、「キャンディーの袋を3つ下さい」とは言いますが、「3つのキャンディーの袋をください」とは言いません。







注1
寝巻猫氏作問
「「3日間開催のイベントに5人のスタッフを雇いました。各開催日の解散時間は深夜になるため、各人にタクシーチケットを支給します。タクシーチケットは全部で何まい必要ですか?」
どう立式するのか早く教えてください。」(@nemakineko48 2018/12/02 08:26AM)

注2
@temmusu_n氏ツイート(2018/10/19 01:15PM)。

(2021/02/13 20:00 手直し・増補)